10月22日(水)
●無人区/No Man's Land
潘肖は豊富な法律知識と巧みな法廷テクニックを持つ、強欲な敏腕弁護士。彼は北西部での裁判へ赴き、国の保護鳥類であるファルコンを違法に狩り、また警察官殺害の罪に問われていた違法狩猟集団のボス・老大を無罪放免にする。老大は10日後に代金を支払うことを約束し、潘肖は担保として赤のセダンを受け取る。広漠とした北西部の原野から都会へ、車での長く危険な旅が始まる。道中はトラブル続きで、トラクターに乗った男たちとケンカになり負傷し車を破損したり、ヒッチハイクの青年をうっかり轢き飛ばしてしまうなど散々な目に合う。潘肖はやっとのことで違法営業のガソリンスタンドに辿り着き、ここで働かされている一人の女と出会う。違法狩猟団の老大も後を追ってきて、彼の旅は更なる危険に脅かされるが……。
终极版预告片→
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同日、この映画の前に『ブラザーフッド/绣春刀』を観たわけなんですが、正直こっちがあまりにも自分好みの映画過ぎたためにそれなりにおもしろかった『ブラザーフッド』の印象がすっとんでしまいまして。
2010年に公開される筈が政府の審査に通らずお蔵入り、3年経った2013年12月に漸く公開されたという因果な作品です。
導演は『疯狂的石头(クレイジー・ストーン〜翡翠狂騒曲〜)』『黄金大劫案』の寧浩。
主演が『人再囧途之泰囧(ロスト・イン・タイ)』導演兼主演の徐峥。黄渤。管虎導演の『杀生』で黄渤と共演した余男。
中国映画についてはほぼど素人ですが、乏しい知識と経験のなかでも「すき」といえるひとたち揃い踏みってかんじで、観るのをとても愉しみにしていました。そして、もうひとりの主演が多布杰。陸川導演の『ココシリ/可可西里』で密猟者を取り締まるパトロール隊の隊長を演じて台湾金馬奨最優秀主演男優賞にノミネートされた役者さんです。こちらでは打って変わってハヤブサ密猟のためなら人殺しなど屁ともおもわぬ密猟集団のボス老大を、静謐に酷薄に演じています。
600キロ続く「無人区」を舞台に展開するロードムービーでありウエスタンもどきでもあるような物語は、そして物語のなかの人物たちは、この老大という怪物に隈無く支配されています。
はなもちならない拝金エリート弁護士の潘肖が、彼の常識も価値観もまるで通用しない老大とかかわり、逆運の釣瓶打ちの挙げ句にはからずも老大に追われる身となる。密猟したハヤブサが積まれているとも知らずに、弁護料の担保として老大のセダンをふんだくってしまったからです。果たして潘肖は老大から逃げおおせるのか、あるいは反撃に打って出るのか。そのあたりが本作のサスペンスの眼目です。
老大がハヤブサに執着するのは金のためで、そこにはハヤブサという生きものへの慈悲とか愛とか、そうしたものは微塵も無いのだとおもいます。
無い筈だのに、ハヤブサを生かし無事にとりもどすため「だけ」に力を尽くし、自分とハヤブサのあいだに立ち塞がるものどもを容赦無く殺戮していく老大のありさまに、その行為がどれほど悍しいものだとしても、澄みきった一途の、激しい恋情のようなものを感じてしまいました。
物語が進むうちに、その恋情が向かう対象はもはや「ハヤブサ」という鳥ですらなくなる。老大はみずからを疎外するものを悉く拉ぎ倒してゆく一個の巨大な「欲」の権化と成り果てます。「ほしい」というただそれだけの執着が、甘ったるい余情など嗤いとばす勢いで滾り耀いている。
我欲が凝り純化した老大の姿は単なる「悪役」には到底おさまらず、なにかこう、大鉈を振るって断罪を下す神のようにも見えたり。
黄渤さんが演じているのはその老大の手下、「杀手(殺し屋)」。
管虎導演の『厨子戏子痞子』の痞子のビジュアルはこれのパロディなんだろうか、カウボーイっぽい佇まいとか銃のかんじとか、よく似ています。出番はそんなに多くなくって、あら出たわとおもったらあっというまに潘肖の運転するセダンにはねとばされて「死体」になってしまいます。そのあと後半までずーっと「死体」をやっていますが、一転して「死体」じゃなくなった瞬間にみせる凄味の利いた芝居はやっぱりすごく良かった。
余男さんは潘肖が無人区で出会う「舞女(ダンサー)」。
『杀生』において、穢され貶められながらも無垢の未来を宿して生き抜く唖者の女を演じていて、それがなんとも素敵で私はこの女優さんに惚れてしまいました(あとで知りましたが彼女の誕生日も自分と同じ9月5日だったという)。本作でも同じように、監督の、或いは観客の希望とか良心みたいなものを託される役回り。騙されて嫁に来て、無人区のなかに閉じ込められて売春を強いられ、奴隷のように扱われる彼女は、捕らえられ自由を奪われて売られてゆくハヤブサにどこか似ているかも知れません。
ともに旅を続けるうちに潘肖は、自分が見失ってしまったなにがしかあかるく美しいものを彼女のなかに見出し、それをもう一度青い空に放つため、つまりは自分自身を救済するために、老大と対峙したのだとおもいます。
相通ずるところがまるで無いような潘肖と老大ですが、じつはコインの裏表のようにどこか離れ難いもの。
潘肖が善と秩序の世界へ戻ろうと足掻くほどにその力が反転し、澄みきった純な悪へと老大を向かわせる。
潘肖が老大を道連れに死出の旅路へ踏みだす終幕の展開は正直予想を裏切るものでしたが、同時に、やはり諸共に滅んでいくしか無かったふたりだったのだな、とも。宿命的に「ふたり」が好きなこの身としては、ちょっぴりあまずっぱい気持ちになったりもいたしました。
劉燁さん絡みのことをいいますと、無人区で潘肖に絡むトラックの運ちゃんが『小さな中国のお針子』の村長さんだったり、最後の場面にカメオで出てるバレエ教室の先生が、『天上の恋人』で王家寛が片想いしてた朱霊だったりしました。
朱霊こと陶虹さんは徐峥さんの奥様。『人再囧途之泰囧』にも徐峥さんの嫁役で出ています。『黄金大劫案』では満州映画界のトップ女優、そのじつ抗日グループ「救国会」のメンバーである芳蝶を演じていて、ものすげえいろっぽくてかっこよかったです。最近では9月からスタートした電視劇『紅色─The Red─』で張魯一さん、周一围さん、そしてがおだおさんこと高島真一さんと共演なさってます。気球に乗って飛んでっちゃった朱霊のその後がずっと気に懸かっていましたが、佳い女優さんになったんだなあ良かったなあとかあさってのほう向いてなんだか嬉しかったり(笑)。
さて寧浩導演、黄渤・徐峥ふたたびの主演作『心花路放』が9月30日に公開されました。11月頭時点で早くも11億元超えのヒット、ハリウッドリメイクの可能性も浮上、なんだそうです。『人再囧途之泰囧』みたいな、弥次喜多旅的ロードムービーのようなのですが、今回は王宝強のかわりに(笑)こいぬとか出しやがってますよ『心花路放』终极版预告片!!!→
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ちょっとうすよごれた、寄る辺無いみなしご感満載の、可憐なひとみのしろこいぬ……。
そんなしろこいぬと黄渤さんが絡むという、じつに卑怯きわまりない映画です。
預告片だけでなみだぐんでしまうわし……。
今週金曜日に劇場公開される
『西遊記 はじまりのはじまり』で孫悟空@黄渤さんの認知度がまんがいちにも(笑)ぐぐっと高まれば、『無人区』も『心花路放』も、あといまわしがいちばん観たい『亲爱的』も、日本で劇場公開される可能性がたかまるかも。たいがいそんなこと期待しても皮算用で終わるのが通例ですが。でも考えてみれば黄渤さん出演作って劉燁さん出演作より(とほほ)コンスタントに日本公開されているような気がしないでも無いので、存外、皮算用じゃ終わらないかも知れませんぞ!