『説文解字』に、「三は、天地人の道なり。」とあり、三は天地人の数として聖数とされる。また、『後漢書』に、「三は数の小終なり。」とあり、『史記』には、「数は、一に始まり、十に終り、三に成る。」とある。つまり、三は成数(まとまった数)とされ、三によってすべてを代表させるという意味がある。
(ウィキペディア「三筆」より)
今年の東京中国映画週間では、「三人」がテーマであるような2作品を観ました。
10月22日にはこちら。
『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ』(原題:中国合伙人)
1980年代、情熱と夢を抱いた3人の青年が燕京大学で出会う。そこから彼らの30年に及ぶ夢と挫折、友情の物語が幕を開ける。代々アメリカ留学をしている名家の出身・孟暁駿(鄧超)はアメリカで成功することを夢見ている。ロマンティックで自由主義者の王暘(佟大為)は改革開放初期のパワー溢れる時代の中で青春を謳歌していた。大学受験に2度失敗した農村の青年・成冬青(黄暁明)は孟暁駿に憧れ勉学に励み彼女も出来て充実した学生生活を送っていた。そんな中、孟暁駿だけが渡米ビザの取得に成功し残りの二人は厳しい現実に失望する。
「三人」はひとりが抜けた瞬間にがらがらと崩れる、そういう危険も孕んでいます。ひとり抜けてもまだ「ふたり」いるから「ふたり」でやってきゃだいじょぶだよね、というもんじゃないです。「三」でなくなってしまえば「二」にも「一」にも戻れない。なにもかもいちどきにぜんぶだめになる。「関係」を描いていながら「関係」に対して露呈する個々人の尻腰の弱さを「絶望」とか「やさしさ」とか「無常」といったものに綺麗に掏り替えているようなお話が私は苦手で、儘にならない日常のリアルを儘にならないまま描くからこそリアル、なのかも知れませんがすくなくともそれは自分にとっての「物語」じゃない。「儘にならないものだわねえ」で終わりじゃなくて、儘にならぬ地平に立って、「そこからどうするか」を描くことが物語の使命だと思うし物語だけがもちえる飛距離だと思うんです。『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ』は「儘にならない」に果敢にタチムカウ、
傷ついても負けても壊れてもだめになりかけても死んでも絶対にもちこたえてやるぜ舐めんなよ。
という、「三人組」ならではの底力を描いた映画だったと思います。
成冬青は大学講師の職も失い落ち込んでいたが、王暘の助けもあり廃工場跡で英語教室を開校、成功の第一歩を歩み始める。アメリカで挫折し帰国した孟暁駿も加わり3人は力をあわせて教育業界での成功を収める。
そういう展開の、実話に基づくサクセスストーリーで、中国人と日本人の感覚の違い(たとえば権利や金銭に絡むあれやこれや)に戸惑ったりちょっと辟易する場面もあったけれど、中国人はそれだけ奥歯をぎりぎり噛み締めてここまでやってきたんだなと、メカラウロコな気持ちにもなりました。サクセスストーリーなので当然ハッピーエンドなわけですが、ハッピーエンドに持ち込むまでにはいろいろあって、その「いろいろあった」が甘く、苦く、せつない。前途洋々だった孟暁駿は美しい国・アメリカで辛酸を舐め尾羽打ち枯らして帰国する。孟暁駿にひたむきに憧憬をぶつける成冬青の、ちょっと鬱陶しいくらいのやさしさがそんな孟暁駿を追い詰め傷つける。他人事で無いくだりだった。孟暁駿と成冬青とのあやうい均衡のあいだで緩衝材のような役を以て任ずる王暘は飄飄とのんきな風貌の陰に繊細でこまやかな心情をにじませる。王暘ののほほんさに救われる場面が多かったからこそ、その王暘のめでたい結婚披露宴のあと、酒や料理の残骸が散らばるなかで三人が本音を曝して衝突してしまう場面がとりわけつらい。佟大為はこの役の演技で台湾金馬奨助演賞ノミニーだそうですがそれも納得でした。こういう友達がひとりいれば、自分なんかずいぶん楽になるんだろうなあという気がしました。
主演三名はすべて大陸の役者で、
「中華圏映画『香港スター頼み』は終わり、実力&ルックス備えた中国人俳優が台頭」という記事がちょっと前に出ていましたが、本作の場合は香港の導演+大陸の役者という組み合わせだったから良かったのかも。
本編にはぜんぜん関係ないですが入学試験に合格して田舎から出てきた成冬青が燕京大学の門を潜るところは『建党偉業』でヤング毛沢東(劉燁)が北京大学にやってきた場面にそっくりでした。黄暁明の絵に描いたようにイモイモしい青いイモジャー姿もイモジャーラヴァーズにはちょっとたまりません。しゃおしゃおラヴァーズにもいろんな意味でたまらないかもしれません。そしてこれまた本編にはぜんぜん関係ないが、アメリカに行ったことも無いのに訳知り顔でアメリカを語る大学教授に向かって孟暁駿が吐いた台詞が「您去过美国吗?」。孟暁駿が一瞬、黄色いダサダサシャツの男の子にみえましたとかもう言うを俟ちませんです(笑)。『藍宇』においても本作でも、「アメリカ」はひとつの国である以上の夢であり憧憬であり、そして解けない呪いです。それに縛られる苦しさ、そこから自由になるためのなりふりかまわぬ奮闘。傷ついても負けても壊れてもだめになりかけても死んでも絶対にもちこたえてやるぜ舐めんなよ。そういう気概ひとつを抱いて三人が「美しい国」へ逆襲に乗り込む大詰め。甘く苦くせつない「いろいろ」を経たからこその痛快、でした。
そして『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ』の二日前に観たのがこちら。
『ロスト・イン・タイ』(原題:人再囧途之泰囧)
強力ガソリン添加剤「油覇」の開発に成功した徐朗(徐崢)は、タイに滞在する大株主の同意を取り付けて大儲けしようと、バンコクへ。一方、開発パートナーの高博(黄渤)も、別の企みから密かに徐朗の後を追っていた。偶然機内に居合わせた王宝(王宝強)も巻き添えに、3人の中国人の一触即発タイ珍道中が始まる!
ロードムービーって旅人が「ふたり」だと旅路の果てには破滅と死しか無いみたいな、ちょっと不穏なかんじになる。必ずしもそればっかりじゃないけれど、たとえば『道』(フェデリコ・フェリーニ)とか『スケアクロウ』(ジェリー・シャッツバーグ)とか『テルマ&ルイーズ』(リドリー・スコット)とか『トゥルー・ロマンス』(トニー・スコット)とか『デッドマン』(ジム・ジャームッシュ)とか、自分のすきな「ふたり」のロードムービーはわりとそっちに傾くようです。十返舎一九『東海道中膝栗毛』だってざっくりいえば50歳と30歳のゲイふたりの駆け落ち話ですし。でも旅人が「三人」になると、旅路の果ての景色はほんのりあかるくて、そこにうっかり希望なんかもよぎってしまう。これまた自分のだいすきな『赤ちゃん泥棒』(コーエン兄弟)とか『プリシラ』(ステファン・エリオット)とか、これは「ロードムービー」からは外れるかもだけど『サボテン・ブラザーズ』(ジョン・ランディス)とか。
「ふたり」だと互いしか見えなくて、みつめあったまま手に手をとって突っ走ってしまうけど、「三人」だと三辺が支えあってバランスがよくなる、みたいなことなんでしょうか。
『ロスト・イン・タイ』では徐朗と王宝に徐朗を追う高博が絡んでの三人旅。徐朗がタイへ向かう飛行機に乗ったあたりからベタすぎるギャグの釣瓶打ち、案に相違して(笑)日本語字幕もまずまずまともだったので(誤脱字少々あり)安心して笑っていられます。私らの前の列に中国人の親子連れが座ってて、上映始まってからも若いお母ちゃんふたりの私語がうるさかったんですが、途中から全員前のめりで爆笑してたんで、あんまり気にならなくなりました。
三人旅とはいえ実質は徐朗─王宝による「2」の比重が高いです。それだとよくある「笑って笑ってほろりと泣けるドタバタ珍道中」で終わるところを、高博がところどころで重石になってくれるおかげで「3」として安定しています。憎まれ役の高博を演じる黄渤さんは些か損な役回り。でもライバルでありかつては親友であった徐朗を情報端末駆使して精密に追いかけ追い詰めながら、彼への複雑な感情(憎悪とか執着とか寂寥とか)を絶妙に滲ませるこのエキセントリックな男は、黄渤さんが演じたからこそ愛すべきキャラクターになったんだと思います。管虎監督の『杀生』でも村いちばんの嫌われ者で、悪さの限りを尽くして最後の最後で泣かせやがってこんちくしょうみたいな役を彼は演じていますが、『杀生』に次ぐ公開作となる本作の高博もそれに通じる匂いがありました。徐朗と王宝はちいさな衝突をくりかえしつつも、そのたびにどんどん距離を縮めて親密になっていき、クライマックスで徐朗はついに高博の手を離し、王宝を選ぶ。高博はひとりタイに取り残される。踏んだり蹴ったりな顛末ですが、タイへの旅を通して高博もまた変わり、変わったことへのご褒美は彼にもちゃんと用意されている。そういうとこもいい。
黄渤さんにくらべて最強の儲け役は王宝強。私このひとは劉徳華主演、葛優さん張涵予さんも共演の『イノセントワールド─天下無賊─』で名前を覚えました。人を疑うことを知らぬ、ナイーヴでちょっと足りない出稼ぎ青年役がかわゆくて、たいそう佳かった。本作でもやっぱり人を疑うことを知らない、ナイーヴでちょっと足りない葱餅職人青年を演じて、これまたすごくはまってます。「ナイーヴでちょっと足りない山出しの青年」というのが彼の定番になりすぎてるきらいもあるようです。かつての劉燁さんの得意技もまたそんなでしたが、「ナイーヴ」の突き抜け方のベクトルが劉燁と王宝強では随分ちがう。たとえば徐朗が胡軍さんで王宝が劉燁さんだったらどんなお話になったべかと性懲りも無くお約束の妄想をしてみましたがどうひっくりかえってもコメディにならん。悲劇になる。私が彼らを「ふたり」としてしか見られないせいもあるのですが、落語めいた三人旅じゃなくて旅路の果てには破滅と死しか無い近松の道行になっちゃう。ていうかそうしたい(笑)。おらやっぱり
『真夜中の相棒』を胡軍さんと劉燁さんで観たいんでがす。ま、ひとくちに定番のナイーヴのといっても役者の個性でいろいろってことなんですね。王宝強はなにしろ身体能力高いひとだなと思って履歴をみたら少林寺で武術修行を積んだんだそうだ。先般、陳凱歌監督の新作『道士下山』の主演に決まりました。成龍、李連杰、甄子丹などが候補に挙がってた役です。すごいな王宝強。カンフースター志望だった彼の武術の腕を、これで漸くがっつり拝むことができそうです。あ、そうだ。離婚するしないですったもんだしてる徐朗の奥さんを演じてる女優さんにどうも見覚えが、と思ったら陶紅(タオ・ホン)さんでした。『天上の恋人』で王家寛(劉燁)が恋する朱霊を演ってた女優さんです。