蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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偶然遇見。──第19回東京フィルメックス『8人の女と1つの舞台』と關錦鵬





数秘術によると私の運命数は「11」だったり、11を単数にばらして足した「2」だったり、いろいろです。
「11月22日」は、その「11」と「2」がダブルで重なる特別な日でした。
無論、いまから顧みればそうだったという話で、2018年11月22日にはそんなことは考えちゃいません。

第19回東京フィルメックス。
關錦鵬13年ぶりの監督作品『8人の女と1つの舞台(原題:八個女人一台戲)』が特別招待作品として上映されるということで、これは行かぬわけにはゆくまいと、11月21日のチケットを購入していました。そしたら20日になってフィルメックスさんが「【来日ゲスト追加決定】スタンリー・クワン監督来日・Q&A決定のお知らせ」というやつをぶっこんできやがりました。

あとになって知りましたが、奇しくもこの「11月20日」というのは、2001年の第2回東京フィルメックスで『藍宇』が上映された日でもありました。

監督は、私が行く21日じゃなくて翌22日の上映後に登壇されるという。
その時点で一分一秒も忽せにできないスケジュールでした。しかし2009年このかた『藍宇』に人生を変えられた『藍宇』病者にとってリアル關錦鵬監督にお逢いできる機会以上に忽せにできぬものなどありはしない。22日のチケット(すでに客席前方の数席が僅かに残っているだけだった)を秒で押さえ、21日の鑑賞は申し訳無いけど見送ってそのぶんの時間を仕事に充て、当日もぎりぎりまで仕事をし、クライアント様から校閲案件を受け取った足で有楽町朝日ホールへ向かったのでした。

ロビーでサンドウィッチなんか食べてからエレベーターホールに出て父にいつもの安否確認の電話をし、電話を切ったところへ別のクライアント様から仕事依頼の電話がかかってきた。それで、エレベーターホールにそのまま残って話をしていました。するとロビーのほうから關錦鵬監督が、アテンダントと思しき女性を伴って歩いていらした。ちょ待ておい。まだ上映も始まってないよ。Q&Aさらにその先だよ。お目にかかる気構えがまったくできていなかったのでほんとうに魂消ました。私が「ほんとうに魂消ました」という顔まるだしでぽかんと口をあけてお顔を見つめていたので監督も、ははあこいつは自分を關錦鵬だと認識して吃驚して阿呆づらを晒しているのだなとおわかりくださったのでしょう、にこっと微笑んでくれました。

長いこと、關錦鵬という方はものすごく美意識が高くて狷介な方なんだろう、と勝手に思い込んでいました。だって彼が撮る映画がみなそうだからです。たとえば私が男で見た目が2000年頃の劉ならばともかく、男でもなけりゃ2000年頃の劉でもないし前述のように阿呆づらだから、つめたくあしらわれるだろうな、みたいなことを考えていた。
まさか、破顔してくださるとは。

そのあいだにも耳元では担当さんが仕事の話を進めています。てきとうに相槌を打ちながら(話はぜんぜん聞いていない)エレベーターを待つ關錦鵬監督の背中を見つめて「千載一遇」という四字熟語を奥歯で噛み締め、「あのすいませんちょっとあとでかけ直していいですか(ふるえ声)」と言い捨てて返事も待たずに電話を切り、監督に「エクスキューズミー」と声をかけました。ここに書くのも恥ずかしいような拙いことしか言えませんでしたが、目の前の阿呆づらをした女が『藍宇』を大好きだということはご理解いただけたと思います。穏やかにうんうんと頷かれ、では映画のあとでまた、みたいなかんじで、エレベーターに乗り込んで、去ってゆかれました。


その日、私は、日本版と香港版の『藍宇』DVDを帯同していました。





だれに対して、なにに対してなのかわからないけど、一種「けじめ」みたいなかんじでこいつらを連れてゆこうと思って、こいつらにも見届けてもらおうと思って、家を出るときかばんに入れたのです。あとほら映画祭なんかだとさ、終映後にゲストでいらした監督や出演者とお話してサインもらえたりする時間があるじゃないですか。そんな事態になったならばこれに──という、ちょっといやらしい皮算用をしていたのも事実です。

エレベーターホールでのこの邂逅において、私がものすごく押しが強くてつらの皮が厚い人間だったらば、すかさずそういうお願いをしていたかも知れません。でもそんなどあつかましい、分を弁えない真似なんかできやしなかった。見えない線がかっきりと引かれ、關錦鵬監督はその線の「向こう」の人だった。そこを越えてはならない。それはもう、はっきりとわかった。
關錦鵬監督とお話をする僥倖をめぐんでくれたのも、そこに見えない線を引いたのも、この日帯同した『藍宇』だったのだろうと思います。


『8人の女と1つの舞台』は監督:關錦鵬、脚本:魏紹恩、プロダクションデザイン:張叔平という鉄壁『藍宇』チームの手になる作品で、おしゃれで綺麗でクールで小粋で憂き世のあれこれを置き去りにして没入できる、でも観終われば憂き世のあれこれのほろ苦さも登場人物たちと分かち合える、そんな映画でした。
以下は上映後に關錦鵬監督が語った言葉です。Q&Aの一部はフィルメックス公式で動画も出ているし他に文字起こししてる方もいらしたので自分がやるまでも無いと考えていましたが、私なりにこれを文字化しておくことにもなにがしかの意味があろうと思い直し、ずいぶん時間は経ってしまったけれどここに記録を残します。個々の質問はざっくりまとめました。また、通訳さんが訳した言葉をもとに、意味が通るように整理しているため、広東語・普通話による監督の発言とは一言一句同じでは無いことをどうぞご了承ください。


【ご挨拶】
『異邦人たち』(第1回東京フィルメックス/2000年)、『藍宇』(第2回東京フィルメックス/2001年)のときは時間がなくて来られなかったんですけれども、今回、同じく時間は短いんですが、なんとしても日本に来ようと。それでやってきました。本当に嬉しく思います。このような大きな劇場で観客の皆さんが映画をご覧になり、残って私の話を聴いてくださるということで、本当にありがとうございます。

【『8人の女と1つの舞台』を撮ったきっかけ】
 3年前、香港政府にはひとつの計画がありました。映画に登場した香港シティ・ホール(香港大會堂)という劇場、中環(セントラル)にあるランドマークの建物なんですけれども、そこを壊そうというのです。このニュースを聞いたときには、本当にたくさんの反対の声が上がりました。もちろん私の世代、私より上の世代、私のすぐ下の世代も、みんな猛反対でした。今の若い人たちがシティ・ホールに対してどのような感情を持っているのかはわかりませんが、シティ・ホールといえば私たちにとっては、映画祭を観に行ったり、音楽を聴きに行ったり、舞台や展覧会を観に行く、とても神聖な場所でした。幸いシティ・ホールを壊すという話はなくなりましたけれども、香港政府によると、来年(2019年)一旦閉鎖して全面的に改装をするということで、おそらく内装とか中にあるものはすっかり変わってしまうでしょう。映画の中では皆さんがご覧になったように、舞台、あるいは舞台の前、舞台裏あたりのシーンが非常に多かったんですけれども、一部には外観やロビーも登場しました。私たち香港で生まれて育った人間にとっては、イギリス統治時代、植民地時代のシティ・ホールの内装や雰囲気は、とても懐かしいものです。香港返還のあとも、そういったものが実はまだ、そっくりそのまま残っているんです。改修後のシティ・ホールはまったくの別物になってしまうのではないかと心配しています。

【演劇の世界との関わり】
 中学生の頃、香港にあるとても著名な中国語学校に通っていました。学校には演劇のサークルがあり、中学生のときから既に演劇の世界にどっぷりと浸っていました。母は広東オペラ(粤劇)が大好きで、妊娠中もずっと舞台を観に行っていたそうです。私は母のお腹にいたときから(広東オペラを)聴いていたわけです。子どもの頃は母に連れられて舞台を観に行きました。物語はなかなか理解できなくても、舞台の上にあらわれる光、色、音、そういったものにはとても心惹かれました。
 私は、観客の皆さんに物語を語るとき、詳細に語るものではないと思っています。監督は、その作品の中で観客に対して、空間、余白といったものを残すべきだと思います。ときには現実、ときには想像の世界を行ったり来たりする。そういう世界が必要です。たとえばサミー・チェン(鄭秀文)の演じた秀霊がある場面でベッドに横たわっていると、夢の中に亡くなった夫が現れる。そのとき彼女は泣くんですけど、ここは非常に面白い場面だと思うんです。彼女の夢の中の出来事なのか、本当に飛行機事故で亡くなった夫なのか、どちらが現実なのかわからない。観客の皆さんは十分な想像力を持っていると信じていますので、この映画の映像を観ながら考えていただいて、インタラクティブに交流したい。監督として私はそういったことを望んでいます。

【作風の変化は中国への香港返還によるものなのか】
 実はここ十数年、映画を撮っていませんでした。
 90年代半ばから終わり頃にかけて、たくさんの香港の映画人が中国から招かれて、映画を撮りに行きました。中国側からすれば、香港の映画人の真面目な映画作りの態度、映画作りに関するシステムがしっかりしていること、また、それぞれのジャンルの映画において非常によく監督されている、そうしたことから「中国で映画を撮りましょう」となったのです。ただ、香港の映画人たちが中国に行っても、中国で香港映画を撮るわけにはいきません。やはりどうしても中国を題材にした映画を撮らなければならない。そうなりますと、いろいろと慣れない時期もありました。
 監督になったときからずっと、「私もなかなかやるもんだ」と思っています。なぜかというと、いわゆる雇われ監督をやるだけでは嫌だし、監督には投資する側を選ぶ権利もあるのではないかと思うからです。中国にも優秀な若手の監督がたくさんいます。彼らが投資者を見つけてきて自分たちで映画作りをするときには、私は自分が監督をやるのではなく、彼らを助けるために喜んでプロデュースする側に回りました。私の経験や考え方を彼らと分かち合い、映画作りに着手したのです。環境が私には合わないので、監督をするよりもプロデュースをすることで、同じ映画作りに参加しているというふうに考えてきました。そういう意味で、映画との関わりはずっと持ってきたのです。
 たとえばこの映画もそうなんです。ニュースを聞いて、「シティ・ホールが壊されるんだ! それだったら何かやらなきゃ!」と思って脚本を書きました。そして中国側に投資者がいるかどうか、ためしに探してみました。それが結果としては良かった。今の中国の映画投資者にとっても、合作というものは、必ずしも中国で撮らなければならないということではない。台湾で撮ってもいいし、香港で撮ってもいい。そのおかげでこの1週間の物語が映画として誕生したわけです。
 やはり私は監督をやるのが大好きですね。ある中国の若手監督の映画をプロデュースしたとき、よく現場で監督の隣に座っていました。クルーの小道具担当の人がこちらを見て「監督!」と呼んだとき、おもわず自分が立ち上がってしまって、「あ、違うんだ」。そういうこともありました(笑)。

【本作が捧げられたウィリー・チャン(陳自強)氏について】
 ウィリー・チャンさんは私の撮った『ルージュ』『ロアン・リンユィ 阮玲玉』のプロデューサーで、映画が大好きな人です。長年(映画の)現場でやってきたものですから、そういう生活に慣れていたのでしょう。ジャッキー・チェンとの仕事が終わったあと、「なんだか退屈だな。やることがないんだ」と言っていました。私がこの『8人の女と1つの舞台』を撮るときに彼がやってきて、「名前だけでもプロデューサーとしてやらせてくれないか。お金はいらない。そのかわり、映画が完成したときには紅包(ご祝儀)と交通費ぐらいはちょうだいね」という話をしました。本人の気持ちを投資者に伝えたところ、彼らも理解してくれました。ウィリー・チャンさんはみんなに尊敬されている人物でしたし、みんなも彼のことをよく知っていたからです。この映画は昨年(2017年)の12月28日にクランクインしましたが、残念なことにその前、10月24日にウィリーさんは亡くなってしまいました。

【本作でのLGBTの描き方は『藍宇』とは変わってきたように思うが、次の作品でもLGBTというテーマを扱うのか】
※中国から来た『藍宇』大好きな男性からの質問。監督も普通話でお答えになりました。
 LGBTがテーマの映画でも、女性がテーマの映画でもいいんですが、私はたくさんの女性を描いてきましたが自分がフェミニストだとか、女性をとても大切にする監督だということはいっさい言っていないんです。すべてたまたまです。『ホールド・ユー・タイト』や『赤い薔薇 白い薔薇』といった映画もそうなんですが、投資者側から頼まれて撮るとき、すべて登場人物の人間性、人物からスタートして映画を作っていく。いつもそういうふうに考えています。LGBTのテーマは『藍宇』以外に『ホールド・ユー・タイト』でも描かれていますが、やはり登場人物に合わせて、どうしても必要があるときには描くというふうになります。正直、自分が描きたい題材となりますと、私もよく同性愛者ではないかと言われるんですけれども、どうしてもそういうふうに描いてしまう、そういう流れになってしまうんでしょう。傅砂(白百何)の描き方、あるいは秀霊(サミー・チェン)が息子が同性愛者であることを受け入れるさまを淡々と描いているとおっしゃいましたが、私も年を取って、だんだん淡々となってきたんじゃないでしょうか。とにかく自分を大切にしてください(笑)。






映画はすべて「人間」から作り始める。
監督は物語を詳細に語るのではなく、観客に対して余白を残すべきだ。
観客の想像力を信じている。


「わかりづらい」「説明不足」とも評される『藍宇』について私がずっと考えてきたことが、關錦鵬監督の言葉で裏書きされていくような時間でした。
エレベーターホールにいた阿呆づらの女が客席2列目からiPhoneを向けているのをご覧になって、最初は「ん?」みたいな、ちょっと訝しげな表情をなさった關錦鵬監督でしたが、Q&Aが終わってステージを去るその直前に、カメラに視線を合わせてふたたびの笑顔をくださいました。かえすがえすも感謝感激でございます。またいつか、どこかでお逢いすることが叶いますように。
| 17:18 | 藍迷。 | comments(2) | trackbacks(0) |
Comment








出遅れましてすびばせん〜(>_<;)
やあ、まぎれもなくレッドさんへのすんごいご褒美ですよ!!これは!!
なんか私までうれしい〜(笑)
それとスタンリー監督のQ&Aの「記録」ありがとうございます!!
とても知的で紳士でお優しい感じ…(うう、なんかありきたりな表現しか思い浮かばなーい!・涙)
「物語を詳細に語らない」「余白を残す」はまさしく『藍宇』ですね…(うっとり)

おおお!!
下段右側がレッドさんに微笑みかけてくださったお写真なのですねっ!?きゃーきゃー!!ご褒美のお裾分け(笑)ありがとうございます!!

…この知的な紳士に絡む185cmの酔っ払い(笑)と楽しそうにそのまわりをぐるぐるしてる185cmのわんこの3人で、またなにか物語を始めていただきたいです♪
posted by カエル | 2019/05/19 12:32 AM |
>カエルさん

Q&Aでも、やっぱり自分は映画監督が大好きだとおっしゃっていたので、本格始動されるならまずは胡軍さんにはお声掛けるんじゃないかなあと期待。
リウイエさんはちょっと藍宇の頃とイメージ変わっちゃったので監督のお眼鏡に適うかどうかびみょうですが、『藍宇』のスタッフで三度目の共演というのがやっぱり夢ですから、実現していただきたいものです。

『8人の女と1つの舞台』はふたりの女優の同じ舞台での因縁の邂逅みたいなお話で、もしこれを男性に置き換えてサミー・チェンの役(引退して久しい舞台女優)が胡軍さんでジジ・リョンの役(舞台初出演の売れっ子映画女優)がリウイエさんだったらどんなかんじかしら、などなど妄想も愉しいです。日本での一般公開は難しそうですがソフト出たらば買いたい。

それにしても。
『藍色宇宙』で胡軍さんリウイエさんに芝居つけてた方がまさか私の目の前に現れて、まさか直接お声をおかけすることになるとは。
10年前のいま時分は想像すらしていなかったことでしたよ。
そういうことが『藍宇』と出逢ったそのときから決まっていたのだとするならば、人生って奥が深いのね、と思います。
posted by レッド | 2019/05/22 11:01 PM |
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