蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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性骚扰,还是甜言蜜语?──『藍宇』其の吾拾佚
セクシャルハラスメントという行為について百家争鳴の感あるきょうこのごろ。
法務省委託・財団法人 人権教育啓発推進センター制作の冊子では、セクハラについて、

「 職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否したり抵抗したりすることによって解雇、降格、減給などの不利益を受けることや、性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に重大な悪影響が生じること」


という男女雇用機会均等法の定義を引いています。
チェックリストにある行為をみていくと、あああのときあの人とかあの人とかにされたあれってセクハラだったのかあ、と思い当たる節が多々あったりもしますが、生来のぼんやり者だからか己がセクハラの「被害者」であるという意識はさほど重たく持つことも無く過ごしてきました。
そんなぼんやり者がセクハラの理非曲直を糺すのも烏滸の沙汰ってもんだよなあと思っていたところ、偶さかこんなツイートを目にしまして。

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ぼんやり者のわたしですが、セクハラの理非曲直はまあ措いといて重篤なる『藍宇』病罹病者としてこれちょっと看過できぬなという気がしまして。

「シャンプーは何を使っているのか訊く」
「シャンプーの匂いを覚えていてシャンプーの種類を変えたかを本人に確かめる」


いまの日本ではセクハラであるとされ世間に指弾されかねぬこの行為が、『藍宇』という映画においては主人公ふたりの因果応報の象徴の如きものとして取り扱われていることは、『藍宇』病罹病者諸氏でしたらば周知のことでございましょう。

『藍宇』の原作『北京故事』において陳捍東と藍宇の関係は、雇用主と被雇用者としてはじまりました。捍東にしてみればそれは、田舎から北京に出てきたばっかの純でかわいい男の子をまんまと手活けの花にするための手段に過ぎませんでした。
上掲の冊子には「対価型セクシュアル・ハラスメント」の説明として、

「職務上の地位を利用して性的な関係を強要し、 それを拒否した人に対し減給、降格などの不利益を負わせる行為」

という一文がありますが、捍東と藍宇の出逢いというものは正しく「職務上の地位を利用して性的な関係を強要」する、ようなところからはじまったのです。捍東のそうした行為が藍宇にとってハラスメントになりえなかったのは、藍宇が「それを拒否」しなかったから、そもそも肉体の「対価」を貰うことが約束であったから、です。それどころかそんな捍東に恋すらしちゃった。これを以て『藍宇』を、ハラスメント加害者に都合の良い性的ファンタジーであると評する方も、もしかしたらいらっしゃるのかも知れません。ですがわたしは本作におけるセクハラの理非曲直を糺したいわけではぜんぜん無いので、いらっしゃったとしてもそこはすっとばします。


捍東はきまじめで一途な藍宇がときどきむしょうににくらしくなっていじめたくなって、藍宇が劉征を褒めたことへの嫉妬も手伝って、



两个人,要是太熟了,倒不好意思再玩儿下去了,也就是说到了该散的时候。

「相手を知りすぎればつまらなくなる。つまり別れるべき頃合いってこと」


みたいな(意訳)つれない言葉を吐いたりなどして、藍宇の反応を窺ってほのぐらく愉しんでいます。
この時点でふたりは何度か寝ているとはいえ再会して数日、それほど馴れ合った仲でも無いのですが、藍宇はきまじめで一途なもんだから、まだ知りすぎてないかな、なんておずおずと訊く。


シャンプー1−2.jpg

くそかわいい。予想も期待も裏切らぬ反応をしてくれやがるなこいつは。
とほくそ笑む捍東は、だいじょうぶまだまだ知らないことがいっぱいあるよという意を込めて、

现在用什么牌子的洗发水呢?
「シャンプーは何を使ってる?」


と訊き返す。

この場面をみて、「若い男の髪の匂いを嗅いでそんなことをぬけぬけと訊くこのセクハラおやじめ! けしからぬ!!」と怒る人も、まずいないとは思うけどひょっとしたらいるのかも知れません。でも、すくなくとも当事者の藍宇は怒ってないです。わずかにのぞくかれの横顔から、捍東のその問いが、捍東に気に懸けてもらえたことが、嬉しくてたまらぬという風情が含羞まじりに伝わってきます。藍宇が使っているシャンプーのブランド(たぶんやっすいやつ)を答える場面はありませんし、そもそもブランドとかどうだって良いんだと思います。
陳捍東がこういうベタな、セクハラすれすれの手管をあざとく使ってみせる男であること。
とても頭の良い子だからそれが男の手管であることも何処かでわかりつつ、それでもはつ恋に溺れていたい藍宇であること。
『藍宇』とは、そんなふたりが互いを知って、そして変わっていく物語であること。
「现在用什么牌子的洗发水呢?」という科白に脚本家がこめたことってそういうことじゃないだろか、と考えてみたりします。


それからいろいろあって約10年ののちに捍東と藍宇は三度目の(そして最後の)再会を果たします。「いろいろあった」がためにふたりのあいだに築かれてしまった見えない障壁、それを瞬時に消し去るのもまた「洗发水(シャンプー)」です。
観客にはけっして感知できないシャンプーの香りは、『藍宇』という物語において、主人公ふたりをつなぐ(ある意味肉欲の象徴でもある)ひじょうに重要な小道具になっているといえますし、


シャンプー2.jpg


捍东:还是用那种洗发水呢?
蓝宇:对……还是用那种洗发水。


鸚鵡返しのこの会話が、

捍东:你可能不相信,我是真喜欢你的。
蓝宇:你可能也知道,我也是真喜欢你。


捍東が藍宇に別れを切り出す場面の応酬の鏡像でもある、なんてことはわたし如きが申す迄も無いことでした。


藍宇のアパートメントを訪ねる場面において、「シャンプーの匂いを覚えていてシャンプーの種類を変えたかを本人に確かめる」のは捍東で、これまた「セクハラおやじめ! けしからぬ!!」と怒る人も、まずいないとは思うんだけどひょっとしたらいるのかも知れませんけど、ここで手管を使っているのはまちがいなく藍宇のほうではないでしょうか。捍東がねむっているあいだにシャワーを浴びて、髪を洗って、濡れた髪のまま半睡の男に寄り添うその姿態。嘗て問うたその香りを、はたしてかれは憶えているだろうか。手管はそうした賭でもあります。そしてその賭に勝つだろうという自信も、じき28歳になる藍宇は持ち合わせている。

「棘だの皮肉だの期待だのほのめかしだのをちらつかせながら、噛み合わない会話を交わす」
「鏡を多用した演出のために虚実は混沌とし、言葉の下の真意は巧妙に隠され、捍東と藍宇の力関係までもが完全に逆転している」

と以前に書いたことがあります。この夜のアパートメントの場面は、シナリオといい演出といい、ほんとうにもう観ているこちらだって居た堪れなくなるほど秀逸です。俳優ふたりの見事な仕事によって繰り返された「棘だの皮肉だの期待だのほのめかしだの」が、シャンプーをめぐるこのダイアローグを頂点として、さらりと霧消する。
懐かしい香りに鼻孔を擽られ、「同じシャンプーを10年使いつづける純情」という手管に敢えて溺れてみせた挙げ句に、

真想抱抱你。

と素直な欲望で応える捍東。このあたりがじつにどうも、大人です。この科白は日本語字幕では「抱いても?」と訳されていますけど、「真想」には「ほんとうにしたい」「どうしてもしたい」みたいなニュアンスがあります。つぶやくように発されることで却ってかれののっぴきならなさが露呈するようです。ものもいわずに抱きしめるのでは無く、見つめて、抱きたいと言葉で伝えて、応じた相手に体をさぐられて、そうしてあらためて、息もとまるほどきつく掻き抱く。
「シャンプーの匂いを覚えていてシャンプーの種類を変えたかを本人に確かめる」ところから生まれるこの情熱。
対してシャンプーの香りごと男に身を委ねる藍宇の、ここからはじまる道行とその先の死までも見晴るかすが如き眸の漆黒。


ひとつ部屋でふたたび暮らしはじめたふたりがいっしょに風呂にはいって、捍東が藍宇の髪を洗ってやる。關錦鵬と張叔平がこの場面を正規版の『藍宇』から排除した理由はいまもってよくわかりません。
想像できることは、藍宇が使っているシャンプーをきっと捍東も使っただろう、ということ。
いろいろあった10年を経て陳捍東は、嘗てシャンプーは何を使っているのかと訊ねた男の子と同じ香りを纏うようになったのだ、ということ。
遠からぬ未来に男の子は此の世の客でなくなり、香りという記憶を刻まれたからだをかかえて、陳捍東はその長い生を独り生きていくのだろう、ということです。
甘やかで残酷。
そんな場面だからこそ、秘されたのではないでしょうか。
すべては想像にすぎませんけれども。


使っているシャンプーが何かを訊かなくたって、面白い会話なんかいくらだってできます。
人間と人間の関係にセクシャルハラスメントという物差しを当てることによって、世界はクリーンに正しくなり、救われる人も数多くいるのだろうと思います。それはとても良いこと。
一方で、使っているシャンプーが何かを訊ねるところからはじまる縁があることもまた、わたしは忘れたくありません。
世界から零れ廃れてゆくものどものことを、ずっと憶えていたい。
理と非とに切り分けられないその間(あわい)にこそ「物語」は生まれるのだと、信じていたいです。



引用した簡体字字幕は、こちらの記事で取り上げた『藍宇』香港版DVDから。
in cantonese. ──『藍宇』其の拾五
2011年時点では購入できた各国版の『藍宇』DVDも、現在は廃盤になったり在庫が切れたままになっていたりし、年を経るごとに入手が困難になってゆくみたいです。

| 20:46 | 藍迷。 | comments(4) | - |
Comment








まさかセクハラの話題と藍宇が絡むとはびっくりですが(汗)シャンプー云々とくればそりゃあ見過ごせませんですねえ(笑・え)

それはともかく。
…なんかしみぢみ、レッドさんの『藍宇』について綴られた文章を堪能させていただきました〜
うっとり〜(はあと)
で、ついつい何度も読みふけってはうっとり〜♪
…なんてやっててコメント遅くなってしまいましたあ〜!!まことにすみません〜!!(T▽T;)


ああ…やっぱりいいなああ…(涙)
「同じシャンプー?」
「いまだに」

「…抱いても?」

このあたりのキャプチャお写真見て
レッドさんの綴られた文章読んでると
なんかもう胡軍さんなのか桿東なのか
リウイエさんなのか藍宇なのか
わからなくなるくらい
あまりにもしっくりきてて涙でそーです(苦笑)


そうそう、レッドさん、ロダンの「接吻」ご覧になられたとか♪
で、「接吻」つながり?で、はたと思ったのですが。
ふたりがいっしょにお風呂に入って、髪をあらうシーン…クリムトの「接吻」とちょーっと似てません?
……んなことないか(^^;)
posted by カエル | 2018/05/05 3:57 AM |
>カエルさん

シャンプーの種類を訊くことがセクハラに当たる、という見解にはちょっとびっくりでした。
質問以前に、相手に必要以上に近づいてくんくんすること=ハラスメントである、ということでしょうか。
相手が髪を洗っている状態(半裸もしくは全裸)を想起しながらする質問だからけしからぬ、ということ?
私はその人が敢えて纏う香り(柔軟剤などのケミカル臭は除く)というものに興味があるので、ああいいにおいだなァと思ったら褒めるし(自分も褒められたら嬉しいし)、そこからさらに会話が広がったり、知らないことを知れたりすることもあるので、自分ではそこまでstrictに考えてはいません。

という次第でこの記事を書いてみましたが、『藍宇』におけるシャンプーは肉欲に火を点ける的な装置として使われているので、こういうことを書くことすらも「セクハラである」「不快である」と捉える向きはあるかも知れませんね(笑)。

まあでも他愛ない科白ひとつがあとになってこういうふうに反響してくるのですから、『藍宇』という物語はほんとうによく出来ているなあ、おそろしいなあという気がします。
単に伏線と言えばそれまでですが、演出と演技と編集、その他諸々が起こす化学反応によって当初の脚本家の計算が何倍にもなってフィルムに刻まれ、結果、果無の宇宙が其処に形成されてしまう。
「重箱の隅を楊枝でほじくる」的な行為をしてみたくなるのは、ある意味この宇宙がそうさせるのだから、そういう宇宙に旅立ってしまったのだからもう諦めるよりほかは無い、と思います(笑)。
『藍宇』に限ったことでは無く、映画それぞれがきっとほんとはそういうもので、大概の場合、そういうものをただ観て、見過ごしたまんま、生きていっているということなんでしょう。それを教えてくれたのも『藍宇』。

お風呂でシャンプーしてチュッ、のとこ。
クリムトの『接吻』に似てると思いました。絵の中の男性(クリムト自身とのこと)も捍東も斜めからの横顔、女性も藍宇も目を閉じていますし、もしかしたら監督の頭にあの絵があったのじゃないかしらという気がします。ちなみにグスタフ・クリムトの数秘は2 EX(笑)。
posted by レッド | 2018/05/08 10:00 AM |
『セクハラ防止講習会』を受けた身内から、「あんなもん完全に守ってどう職場の奴とコミュニケーションとればいいんだよ?もう、セクハラって言われるの怖いから、職場の女とはプライベートな話しないでおこ(怒)。」と愚痴られたのを思い出しました。

私のここらへんでの一番好きなシーンは、洗髪後の藍宇が、髪を拭きながら一瞬鏡で自分を見つめるところ。彼の決意がにじみ出ているようで。

それと、食事を勧めながら、藍宇がTシャツでビール缶をぬぐうシーンですが、Tシャツの下に下着をきているのかどうか気になるのは私だけ?
着ていなかったら、短パン姿と併せて考えてもやはり、藍宇は年相応に『考えて』いたのだなあと、ハントンと離れていた間の成長を感じました。
着ていたら?やはり無邪気なままかというとそうでもない気も。。
posted by スノウ | 2018/05/11 10:44 AM |
>スノウさん

ハラスメントの加害者になるような人は「どうやってコミュニケーションとればいいんだ……」なんて悩んだりしないんじゃないかと。
そしてセクハラと指弾されたとしても、自分のやったことのどこがどう悪くてどうだめなのかがまったくわからない、だから平気で(ある意味無邪気に)繰り返してしまうんだろうなあという気がしますね。

空港の駐車場で再会したときが冬服。アパートの場面ではTシャツ&短パン。捍東が部屋に入ることを藍宇が許すまでに、おそらく数ヵ月かかったということですよね。連続するシーンだから時間差も無いように思ってしまいますが、服装を変えることで、それだけの時間が藍宇のほうに必要だったんじゃないか、ということを暗に語っているのではないかと。

>洗髪後の藍宇が、髪を拭きながら一瞬鏡で自分を見つめるところ。彼の決意がにじみ出ているようで。

それだけの時間をかけて、もう一度捍東とそういうことになってもいい、というところまで藍宇は気持ちを定めていたんじゃないかと。
鏡で己の姿をちらりとみるあの一瞬は、自分の魅力が捍東に対してまだ有効であるかどうかの確認、みたいな気もします。エロティックな場面でも無邪気だった10年前に比べて、ここでのリウイエさんの演技ががらりと変わっているのも何度みてもすごいです。

生足さらした短パンって、むろん勝負服ですよね。
ですからむろん、下着は着けていないと思っております(笑)。
posted by レッド | 2018/05/12 12:01 PM |
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