蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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第一次香港游記。
こちらの記事にいただいたコメントに、こんなお返事をしていました。


はじめて「香港」という街を意識したのは、『男たちの挽歌』を劇場で観た1987年でした。
映画のなかでマーク(周潤發)が食べていた白くてプルプルした食べ物、あれが「腸粉」というものなのだと知ったのはずいぶんあとになってからでした。

『男たちの挽歌』の10年後、『九龍風水傳』というゲームに出会ったことが、自分のなかの妄想香港を決定付けました。

当時既に取り壊されて影も無かった九龍城砦に憧れました。
自分にとっての香港は、ファンタジーのなかにだけあればよい街でした。
だから現実に足を踏み入れることをどこかでずっと、忌避していました。

『男たちの挽歌』の30年後、『九龍風水傳』の20年後に、その舞台になった街を実際に訪れることになる巡り合わせというのも、不思議ですがたぶん疾うにどこかで予感していたことだったなあ、という気がします。
「呼ばれた」というのなら、1987年に既に、呼ばれていたということなのかも知れません。

そんなこんなを踏まえて、「香港」という街を、その街に居る自分というものを、楽しんでこようと思います。



じつは『男たちの挽歌/英雄本色』に先駆けて1979年、『Mr.Boo!ミスター・ブー/半斤八兩』にどはまりした経験もあったりします。許冠傑の歌う主題歌“半斤八兩”はシングル盤を買ってヘビロテしてました。“オバQ音頭”“ブルーライトヨコハマ”と並んで人生三大ヘビロテシングル楽曲のひとつです。いま聴いてもほんとうにカッコイイ、名曲だとおもいます。





そんなふうに長年、映画とゲームというところでしか香港を知らずにきました。
それは謂わば仮想の、空想の、妄想の香港なのであり、まあそれでもいいやと思っていました。
実際に行ってみれば、あたりまえだけど、温度と湿度と匂いのある世界でした。モノスゴイと聞いてはいたが、あの湿度にはとにかく魂消ました。空港に着いて外に出て歩き始めたとき、けっして大袈裟で無く、雲のようにまとわりつく湿度を掻き分けて進んでいる、というかんじがしたものです。
彌敦道(Nathan Road)沿いのホテルに着いて、すぐ裏の白加士街(Parkes Street)にある麥文記麵家(マクマンキー)に海老雲呑麵を食べに出かけてその足で佐敦(Jordan)界隈をうろついているうちに、湿度酔いというか湿度バテみたいなかんじになっちゃって。初日の夜は翡翠市場とか女人街のほうまでうろつこうと思っていたんですけれどもそれどころじゃ無く(それでも裕華國貨[Yue Hwa Chinese Products] はざっくり見学)、冷房のがんがん効いたマックカフェに避難。すこし離れたところに座るとんでも無く美しい香港人青年の横顔を、湿度にうだった頭でぼんやり盗み見ていたりしました。
翌日からだんだん体も慣れていきましたが(慣れた頃にはもう帰国)、湿度があんなにデンジャーなものだとは、これも行ってみなけりゃわからなかったことでした。

公私ともに始まりからいろいろあった2017年。
その「いろいろ」の只中に半ばヤケクソのように敢行した6月13日から18日まで、5泊6日の香港旅。
その簡単な(とはいえもちろんクソ長文)記録を、半年も経っちゃっていまさらではありますが、主に自分のための覚え書きとして、此処に留めておきます。




【2017年6月13日星期二】

香港国際空港に着いて到着ロビーに出たらまずはキャッシングで現金調達。重慶大廈(Chungking Mansions)で一度だけ両替屋を使いましたが、言ってみればそれは話の種みたいなもんで、滞在中の経費はすべてキャッシングで賄いました。現金を手に入れたらMTRインフォメーションカウンターでオクトパスカード(八達通)を買って当座に必要な額をチャージし、エアポートバス(機場巴士)乗り場へ。A22のバスに乗って佐敦道(Jordan Road)の志和街(Chi Wo Street)バス停で下車すれば、ホテルまでは歩いてすぐです。初香港旅の滞在先はシャムロックホテル(新樂酒店)にしました。1945年開業という香港でも古いホテルで、昭和が薫るシックな佇まいがひじょうにわたくしごのみだったのと、ブルース・リーとイップ・マンが稽古のあとによくこのホテルのレストランにお茶を飲みに来ていたという話を聞いて一も二も無く決めました。
香港に発つまえ、久しぶりに島尾伸三さんの『香港市民生活見聞』を読んでいたらシャムロックホテルのことが書かれていた。まったく知らないホテルじゃ無かったんです。ちょっと引用させていただきますね。

私と妻が利用するホテルの中の一つに、新楽酒楼(サムロックチャウロウ/シャムロック・ホテル)というのがあります。学生の時から利用しているホテルです。その当時このホテルには実にさまざまの人間がびっしりとくっついていて、彼らはお客が落す小銭をあてに生計を立てていました。ホテルの周りには屋台が並び、新聞や雑誌を売るグループが三つあり、彼らがホテルの入口を固めています。(中略)ドアボーイ、ポーターに混じって、馬券や宝くじを売るおばさんがロビーに出入りしています。(中略)お客の数よりここのホテルに巣くっている人間のほうが多いとさえ思えたほどでした。


 香港市民生活見聞/島尾伸三(新潮文庫)


お客さんは東南アジアから来た華僑が多く、深夜までわいわいとやかましかったそうです。たとえばそんなとこで若きブルース・リーと黒絹の長袍をお召しになったイップ師匠がお茶飲んでいたりなどしたら、そのまんま映画になりそうじゃありませんか。『香港市民生活見聞』は脳内妄想香港を補強するためのテキストとして繰り返し読んでいるので、この描写の記憶も手伝って「シャムロックホテル」という名前がひっかかったんでしょう。いまでは往時のような猥雑なかんじは無く、新聞や雑誌を売る屋台もホテル脇のMTR佐敦駅入り口(寶靈街[Bowring Street])近くに固まっています。ホテルの中はひっそりと落ち着いていて、清潔で、建物も調度もみな素敵にオールドで、「安出来の最新式」がきらいで敢えて築50年超のマンションを借りてる自分からすればずうっと此処に住みたいぐらいのもんでした。薄暗い廊下に客室のドアが並ぶかんじがちょっと映画『シャイニング』のオーバールックホテルみたいでもあり、滞在中なにかとこわい妄想(バスタブにおばあさんの腐乱死体が、など)を愉しんで、ずきずきしていましたよ。





お部屋の窓から毎朝定点観測していた6月14日から18日の空模様。




【6月13日の諸経費など】




【2017年6月14日星期三】

出発前に「香港行ったらやりたいこと」をいくつか決めていました。
二日目はそのうちのひとつ、「香港で太極拳を学ぶ」を敢行しました。
香港在住の日本人を対象とする教室があることを知り、事前に体験レッスン参加の許可をいただいていました。お部屋で簡単に朝ごはんを済ませ、佐敦駅へゴウ。しかしここで昨日買ったばっかのオクトパスが自動改札に反応してくれないというトラブルに見舞われ。客務中心(カスタマーサービス)に行くも長蛇の列、時間も無いので現金できっぷを買い、荃湾線で金鐘(Admiralty)へ。金鐘で港島線に乗り換えて灣仔(Wan Chai)で下車。私はけっして方向音痴じゃ無いのですが、なにぶん生まれて初めての香港の生まれて初めて降りる駅、しかも香港島ウォーターフロントらへんは似たような高層ビルばっかりで、
「ええとわたしは……どっちへ行けば……良い……の?」
みたいなことに一瞬なり。でも練習場は海っぱたの施設だし、とにかく海(=ヴィクトリア湾)のほうを目指していきゃあなんとかなるさと伊豆半島東海岸漁港育ちの野性の勘(「くんくんくん……あ、潮のかほりが。こっちかっ!」的な)とGoogleマップをたよりにざくざく歩いていたらほんとになんとかなりまして、無事、開講時間前に着くことができました。昨夜は湿度バテみたいになっちゃったけど、2時間がっつり動いて汗をかいたら足腰が軽くなって心身ともにスッキリ! 太極拳ってほんとうにスバラシイ! 稽古のあとは主宰の先生、生徒さんのBさんとランチをご一緒し、そのあと灣仔在住のBさんに太原街や灣仔街市を案内してもらいました(途中灣仔駅の客務中心でオクトパスのエラーも直してもらう)。
さらにトラムに乗って、中国茶マニアだというBさんと香港公園内にある茶具文物館へ。展示してある茶具の数々は勿論のこと、19世紀建築の、かつてはイギリス軍総司令官邸だったという建物がこれまた趣深く素敵です。見学後は文物館近くの茶館、樂茶軒でBさんとお茶&おしゃべり。こちらで飲んだ鳳凰単叢がおいしかったので自分みやげに購入しました。茶館を出てBさんとお別れし、ふたたびトラムに乗ってマンダリン・オリエンタル香港(Mandarin Oriental Hong Kong)へ。館内のゴージャスな佇まいに気後れしつつケーキショップで香港駐在マダム御用達の香港みやげ、ローズペタルジャムを購入、みやげ方面の最重要ミッションをクリア。一旦ホテルに戻って休憩し、夕暮れの彌敦道をぶらぶら下って尖沙咀(Tsim Sha Tsui)の西、廣東道(Canton Road)沿いにあるショッピングモール海港城(Harbour City)へ。ホテル近くの恵康(Wellcome)は狭くてドリアン臭いので、こちらにあるオシャレなシティ・スーパー(City' Super)にぜひとも行ってみたかったのです。くそ広いモールの中で遭難しかけつつ辿り着いたシティ・スーパーはやっぱり果物売り場はドリアン臭かったですが(シーズンなのでしょうがない)、めくるめくオシャレで多彩な品揃えに瞳孔も開きっぱなし。ビールだのチーズだのミニトマトだの、デリで夕食用のお惣菜も買い込んで、夜になるまで長居をしてしまいましたよ。

【6月14日の諸経費など】




【2017年6月15日星期四】

初めての土地に行ったなら、何はさておき寺社詣で&御朱印集め。
そんな私のくせに、香港ではいまだどちらの寺院さんにもきちんとお詣りができずにいました。
到着初日の夜、油麻地(Yau Ma Tei)の天后廟にお詣りする気まんまんだったのに、先述したように湿度に殺られて辿り着けませんでしたの。

こんなことではだめじゃないか!
香港の土地神様にも失礼じゃないか!

という次第で香港三日目、朝イチで向かったのは嗇色園黄大仙祠
「有求必應(求めれば必ず叶う)」といわれる、モノスゴク御利益のある、霊験あらたかなお寺さんです。この日は滞在中もっとも好天に恵まれ、というか朝から早くも湿度むんむんお日さまじりじりでくそあづく、黄大仙祠は大陸からの団体さんで芋の子を洗うが如き混雑っぷり。爆音の普通話と襲い来る自撮り棒をかいくぐり、旅の無事と世界平和をお祈りしてきました。境内に並ぶみやげもの屋さんではお願いごとに応じたお守りを売っていて、これがまた日本の寺社のプロデュースが行き届いたグッズとは一線を画す抜け感のあるかわいらしさ満載で、喜びに震えながら爆買い(といっても10個くらい)。



黄大仙様に仁義を切って、はればれと九龍城砦跡に向かいました。
「香港行ったらやりたいこと」その二。
香港最高風水会議に召喚された超級風水師として、陰界より出現した九龍城の残痕を辿ってみること。

ゲーム『九龍風水傳/クーロンズゲート』に登場する九龍城のモデルになった九龍城砦(九龍寨城)は、かつては清の飛び地であり、映画『孫文の義士団』で閻孝国を首領に戴く清朝暗殺団が孫文暗殺のための根城としたのも九龍城砦ということになっています。清朝滅亡後、九龍城砦の主権は宙に浮いた状態になり、国共内戦を逃れて当地に来た難民が住み着き、バラックが乱立して迷路と化し、世に言う「魔窟」というようなものになった、ということです。





実際に九龍城砦に住んだことのある方が、
「あんな不潔で危険な場所に憧れる人の気が知れない」
みたいなことをおっしゃっていました。
私に限らず九龍城砦というものになにがしかの思い入れのある人は、おそらく現実の九龍城砦とはまったく違う、それぞれの胸の内にひとつのアジールとして、「九龍城砦」というものを隠し持っているのではないかという気がします。

黄大仙祠から2キロ弱歩いて九龍寨城公園に足踏み入れてまもなく、油照りの空が俄にかき曇り、車軸の雨となりました。
公園内に点在する四阿で、静かに太極拳をするご婦人の傍らで雨宿り。





其処にあったのは怪獣の死骸のような遺構ばかりでした。
ああもうなんにもなくなっちゃったんだなあと思いました。
噓でも良いから香港上空に陰界九龍城があらわれたりしないかなあと、空ばかり見ていました。

九龍寨城公園を出れば目の前が九龍城(Kowloon City)の町です。ちょうど昼餉どき、たまたま入ったタイ料理店でおいしい海南鶏飯をいただき、九龍城街市をぶらついて、昨日会ったBさんがいまなら「妃子笑」という種類がおすすめですと教えてくれた、旬の茘枝を買いました。灣仔の街市より九龍城のほうが値段は少し安かったように思います。九龍城からバスに乗って深水埗(Sham Shui Po)まで行き、かつての公営住宅を博物館とした美荷樓生活館を見学。同じく公営住宅をリノベしたユースホステルYHA美荷樓青年旅舎は、今回の香港旅の宿泊先として、シャムロックホテルとどっちにしようか迷ったところ。最寄り駅からかなり歩くので(途中に坂道もあり)断念しましたが、一度泊まってみたいところではあります。

深水埗から次に目指すのは大南街(Tai Nan Street)。
こちらの記事にある、イップ・マンが1950年に詠春拳を教え始めた港九飯店職工總會があったという場所を訪ねるためです。
しかしその途中で北河街街市にふらふらと彷徨い込み。

廃墟と市場に弱い仕様の自分にとって「街市」というものは避けては通れない。
行く手にあればずるずると捕獲されてしまう魅惑の装置である。
ということが、こたびの香港旅によってよくわかりました。足下はびしゃびしゃしていて滑りやすいし解体される生魚とか畜肉とか得体の知れない乾物の臭気が充満していて、そうしたものが苦手な方にはおすすめできない場所ですが、次に香港に行く機会があるならば街市ばっかりに入り浸る旅をしたい。北河街街市には生きた鶏をその場で締めて売ってくれるお店がありました。店の前のケージに鶏たちがぎゅうぎゅう詰めになっていて、お客さんが「この仔ちょうだい」て指名したやつをケージの中からつかみあげ、喉頸を包丁で切ってステンレスの筒みたいなとこに逆さまに突っ込んで絶命させつつ血抜きをし、血が抜けたらぐらぐら煮える湯の中で毛を抜き、きれいに捌いて渡してくれる。その工程に、なにかもう、取り憑かれたように見入ってしまいました。そういう光景を見るのはイヤという方もいらっしゃいましょうし、もちろん面白半分で見に行けということではありません。でも命が食肉と化す過程は私にとって、やはり見るべきものでありました。あまりにまじめに見入っていたのでお店のお姐さんに「この仔がうまいよっ!」(てなことを広東語で言っている)と首っ玉をつかんだ鶏ちゃんを突きつけられる始末。キッチンの無いホテルなので調理のしようも無く、鄭重にご辞退申し上げました(こちらは英語なので通じてない気もするけどふつうにコミュニケーションできていた)。キッチンのあるアパートメントホテルに滞在していたら一も二も無く買っていましたよ。次回こそは。

北河街(Pei Ho Street)から左折して大南街へ。イップ師匠ゆかりの港九飯店職工總會跡のビル(建物は往時そのままではなく、建て替えたものだそう)のお写真を撮ったり。




『岩合光昭の世界ネコ歩き「香港」』に出てきた果物屋さん(商売もののりんごを枕に寝るねこ、大哥大がいたお店)の前を偶然通りがかって「どひゃあ!」とかなったりしながら(ねこはいませんでした)とことこと旺角(Mong Kok)へ。
此処ってもしかして『無聲風鈴』でリッキー(呂聿来)がお財布掏られたところかなあ、などと思いながら旺角の行人天橋(=歩道橋)をぶらぶらしていたら、『追龍』の跛豪(甄子丹)そっくりの電動車椅子の男性とすれちがってあとをつけたくなってみたり。




佐敦まで歩くつもりでしたがあまりにくそあづくてさすがに熱中症の危険をかんじたので、地下鉄で戻って日が暮れるまで眠って、お洗濯をすべく自助洗衣店(コインランドリー)へ。
「香港にはコインランドリーが無い」と仄聞していましたがそれは古い情報だったようで、「Sunshine 24 自助洗衣店」というのがホテル近くの官涌街(Kwun Chung Street)にちゃんとありました。ホームページには使い方を説明した動画まで。ご親切だ。





こちらに限らず香港では、ローカルのお店を除けばオクトパスひとつでお支払いが済むのでたいへんに便利。
本読みながら洗濯物が仕上がるのを待ってたらけっこうな時間になっちゃったけど、初日に続いてふたたび麥文記麵家で、今夜は牛腩撈麵(牛バラの煮たのをぶちかけた茹で麵、スープ添え)と油菜(芥蘭の茹でたの)をおいしくいただきました。おなかぱんぱんです。

【6月15日の諸経費など】




【2017年6月16日星期五】

四日目朝は九龍公園で太極拳。
これまた「香港行ったらやりたいこと」のひとつです。5月に買ったGUのブルース・リーTシャツを着ていった(みいはあ
昨夜は遅い時間にたらふく食ってしまったので茘枝とヨーグルト、コーヒーで軽い朝ごはんにしたんですが、太極拳やったら早くもぺこぺこのぺこちゃんで、帰りがけにホテル並びのBreadTalk(シンガポール発のパン屋さん。滞在中のあさめしはもっぱらこちらのお世話になりました)でチーズとハムのトーストなんか買って食う。

午前中は通称「怪獣大厦」訪問です。
五つの高層アパートメントが固まって、その名のとおりモンスターの如く聳え立っているところ。
詳しくはこちらとかこちらなどをご参照ください。
香港を舞台に撮ったMONDO GROSSOの“ラビリンス”MVの冒頭では、満島ひかりさんがここを背景に踊っています。





最寄り駅はMTR港島線の鰂魚涌(Quarry Bay)とされていますが、ひとつ先の太古(Tai Koo)から行くほうがかっこいいフォルムが見られると聞いたので、太古の駅から歩くことしばし。
こんなかんじで見えてきます。







どきどきしながら近づいてゆきますと、曇天の不穏なうすぐらさも相俟って、筆舌に尽くし難く素敵です。
到底、無機物とはおもえない。

道行く人の邪魔にならぬよう、筋向かいの中信銀行の軒先をお借りして写真を撮って、では行くかと一歩踏み出した刹那、目の前に軒天井の塗材がドッシャァンと落下してきまして。あとすこしで頭を直撃されて病院送りになるとこでした。すんでのところで助かったのは昨日お詣りした黄大仙様の御利益にちがいありません。旅の無事をお祈りしたのですぐにも叶えてくださったのだ黄大仙様ったらモノスゴイ! 事故直後に通りすがりの人や銀行の人がわらわら集まってきていろいろ気遣ってくださったのも、とっても嬉しかったです。

そんなことがあったもんで、怪獣大厦の中に入ってゆくときも物見遊山気分ではなく「香港市民のみなさまの生活の場に謹んでお邪魔させていただきます」という謙虚な気持ちで参りました(太極拳の練習場に入るときと同様に、入るときと出るときに一礼していたら住人のご老人に胡乱な目で見られた)。
フォトジェニックな撮影スポットということになっているので観光客もかなり来るのでしょうが、この日は6月の雨の平日ということもあってか、私のあとに男の子がふたり来て写真撮ってただけ。




夥しい数の窓。
ひとつひとつの向こうにすべて人がいて「生活」というものが営まれているのだと思うと、茫然としてしまいます。


この日のおひるには煲仔飯(bou zai faan)を食べるのだ、と心に決めていました。煲仔飯とは一人前ずつ作る土鍋ごはんのこと。冬の風物詩だそうですが通年、しかも昼から食べさせてくれるお店があると聞き、鰂魚涌から港島線に乗って香港大学駅へ移動。永合成馳名煲仔飯というのがそのお店です。トラムも走る輔道西(Des Voeux Road West)沿いのとてもわかりやすい場所にありますが、B1出口から出るべきところをうっかりA1出口に出てしまい。A1とB1は直線距離にして200メートルばかりも離れているのですが現実にはぜったいに直線では行けない、山あり谷ありのしくみになっています。加えてあたりは嵐と呼んでも一向に差し支えの無い雨と風。とちゅう、幼稚園みたいなとこで園児さんのお迎えにきた父兄さんとか阿媽さん(=家政婦さん)が大挙して待ってるとこに巻き込まれ、『コネクテッド』でグレイスの娘を探しに小学校に来て学童の群れに翻弄される古天樂みたいな事態になったりもしながら漸うありついた北擲雞煲仔飯(椎茸と鶏肉の煲仔飯)のおいしかったこと。




きっと一生わすれません。ご馳走様でした。
食い散らかしたお見苦しい写真ですみませんが、このメラミンのお箸のグリーンとれんげのオレンジの色合わせもぜつみょうなかわいらしさ。

エネルギーをチャージしたあとは、トラムに乗って上環(Sheung Wan)へ。
午後の部の顛末はこちらの記事をご参照ください。
ぶらり上環・歩いて観る『孫文の義士団/十月围城』。

閻魔の閻ちゃんこと閻孝国の死に様に思い馳せつつ尖沙咀に戻り、香港歴史博物館で香港の来し方行く末に思い馳せたあとはミュージアムショップでお買い物。
ほんとはそのあとここで香港のクラフトビール飲んでもっといろいろ思い馳せようと思っていたのですがさすがに歩き疲れたしくそあづいしで、ホテルに帰って部屋呑み。


【6月16日の諸経費など】




【2017年6月17日星期六】

冒頭に書いたようにこたびの香港旅の遠因となったのは『男たちの挽歌』という映画でした。
香港に行こうと肚をきめて、エアとホテルを予約して、せっかくだから香港で香港映画でも観ましょうか、と劇場とタイムテーブルを検索していたところ、「最港産電影節」という映画祭があること、そのふたつめのプログラムとして6月17日、香港最後の夜に『男たちの挽歌』が上映されるということを知ったのです。




さすがに膚が粟立ちました。
まったくの偶然にはちがいない。しかしある意味、積年の思いが引き寄せた偶然だと思いました。そういうこともあるんだな、と。

「香港行ったらやりたいこと」の、これが筆頭でした。
「香港の映画館で『男たちの挽歌/英雄本色』を観る」。

香港五日目。
それを叶える日がきました。


さてそうなれば、上映開始の夕刻まで体力を温存しておかなくっちゃ。
綺麗なお花でも見て運気上げとくかと向かったのは旺角の花墟道(Flower Market Road)。色とりどりのお花さんたちが並ぶ花市場です。濃いピンクの蓮のつぼみを荷葉で包んだ花束とか、日本ではあんまり見たことなくて、素敵。




花墟道からすぐのところに「園圃街雀鳥花園」という小鳥市場があって、勿論そっちも行きました。
風雅なつくりの小さな公園に小鳥さんのさえずりが響きわたり、小鳥自慢のかわいい香港おやじが集うヘブンリーな楽園です。
でも歩いてみるとかなり鳥臭い。
というか鳥の糞臭いの。
加えて、生きながら小鳥さんの餌になるさだめの虫さんたち(蝗とか蟋蟀など)がビニール袋やケージに見るもおぞましいほどぎっしりびっしり詰め込まれてもぞもぞ蠢いている光景などにたびたび出くわして「うわお!」となったりもします。
小鳥と虫が好きじゃない方は体力温存どころか無駄に消耗してしまいますから、足を踏み入れないほうがよろしいかと思います。

お花と小鳥さんと虫さんたちに癒されたあとは、旺角・通菜街(Tung Choi Street)のイップ・マンが晩年を過ごしそこで亡くなったという建物を外から拝み、「最港産電影節」の会場the skyのある奥海城(Olympian City)へ。
(ちなみに旺角の駅から奥海城へ行く途中で行人天橋を渡るんですが、先日ドラマ『恋する香港』を観ていたら小池栄子と吉沢亮が会話する場面の撮影に使われていました)
「ネット予約できましたよ」表示は購入時に確認していましたけど、上映間際に行ったら「じつはチケットが取れていませんでした、いませんでした、いませんでした(エンドレス」みたいなおそろしい事態が判明したり、慣れぬ広東語発券システムにあわあわしちゃう、みたいなことを避けるべく、そして慣れぬ巨大ショッピングモールで迷子になって戯院にたどり着けぬという不測の事態を避けるべく、おのおの下見は抜かり無く。心配することも無くチケットは予約できていましたし、発券もスムーズにできましたし、ちょっと迷子になりかけたけどthe skyへのルートも確認。





どんどん強くなる雨の中、旺角へ戻り、ランガム・プレイス(朗豪坊)地下の奇華餅家(Kee Wah Bakery)で太極拳教室のみなさんへのみやげ用にパンダクッキーを購入。お昼ごはんは油麻地の、こちらも絶対行こうと決めていた「明記雞雜粥」で鶏もつのお粥をいただきました。路上にならべたテーブルに丸椅子。オシャレとか清潔とかまず無縁の、油麻地界隈の黒社会の鯔背なおにいさんが舎弟といっしょにめし食ってそうな、ちょうローカルな店構え。それを裏切るたいそう品の良いお味のお粥。たいへんにおいしゅうございました。すぐ近くの天后廟にお詣りして帰国前日にのこのこ来てすいませんでしたと媽祖様にお詫びを申し上げ、1949年創業の老舗茶餐廳・美都餐室(Mido Cafe)を横目にホテルへ。体力温存とか言っていたわりにはけっこう歩いてしまいました。明日の帰国に備えて荷物をまとめながら、午後はだらっとテレビなんか観てすごす。

夕刻。
無情に篠突く雨のなか、ふたたび奥海城へ。フードコートでごはん食って戯院に行きますと、この映画祭のために作ってくださった新聞を頂戴できました。だいたいこんなかんじのものです。凝っています。




「《英雄本色》Mark哥褸」
なんてちっちゃいコラムがあるのよ。
もしもこの先、日本で『藍宇』が劇場上映されることがあるならば、自分もこういうの作って無料で配ってみたいなあ。

日本でチケット予約した時点ですでに九割がた埋まっていた座席は、当日には完売していました。
ハコそのものはそんなにでかくない。1987年にこれを観たのはいまは無き東急文化会館5階にあった渋谷東急。こちらはキャパ300で、香港のthe skyよりも大きかった。
でも、ハコの大きさのちがいはあまり気になりませんでした。

この映画はほんとに何度も観ているんですが、どうしてこんなにも心奪われてしまったのか、何度観てもよくわからないのです。
幼い頃から「かくありたい」と思ってきたその純な結晶のようなものを、この映画の中で周潤發という異国の俳優さんが、蕩けるような微笑と殺気で、もてあますほど長いその足裁きで、翻るロングコートの色香で、
体現していた。
ただそれだけを見ていた。
そのときまで、だれもそんなものを見せてはくれなかった。

ということだったと思います。



【6月17日の諸経費など】





【2017年6月18日星期日】

香港最後の日。
帰りの便は16時25分発羽田行き。
九龍駅で「インタウン・チェックイン」というやつを済ませて荷物を預け、身軽になりまして中環のPMQへ。着く時分には土砂降りでした。

昨夜も映画終わりにほんとは旺角酩朿后憤の組織が根城にしていそうな名前!)のここにビール飲みに行こうと思ってたのよ。
でもあのー、香港市民のみなさんが靴脱いで裸足になって濁流さながらのストリートをじゃぶじゃぶ渡っていくぐらいの雨になっちゃいまして、すごすごホテルに帰ったのでした。
おもに夜の外呑み方面は、達成できない目標が多かったです。しかしまあ、シーズン柄それはしかたが無いというものですね。雨季のぶんホテル代も安くなって、こんなびんぼうなわたしでも香港に来ることができたんですから。

PMQに着いたのは11時くらいでしたが、まだ開店していないお店も多かった。このあたり、定時になればいっせいにお店が開く日本のファッションビルとは違ってずいぶんとのんびりしています。手元に残った香港ドルを使っちまいたいけど荷物になるものは買いたくないなと思っていたところ、うってつけのお店がありました。
香港猿創(HONG KONG OAPES)さん。香港ならではの風物をモチーフにしたアクセサリーショップです。
物欲全開になってしまうかわいいお品が並ぶなかで、ご予算的にもお好み的にもジャストフィットだったのが、香港のシンボル・バウヒニアのお花をデザインした「Silver Bauhinia Rope Bracelet」(598HKドル)。紐の色を選べるので、おめでたい紅色のにしました。この日以来ずっと着けています。

PMQをぶらぶらしていてひじょうにびっくりしたのが、香港二日目に訪ねた太極拳教室の生徒さん、Bさんに偶然再会したことでした。樂茶軒でお茶飲んだときにはお互い「18日にPMQに行きますよ」なんてことは一言も言わなかったのに、ていうかきょうこの日このときにPMQに来たのだって九龍駅で荷物預けたあと急遽思い立ったことなのに。話を聞いたらBさんも今朝になって「日曜日なんだからどっかお買い物に行きましょうよ」と旦那様を誘って出ていらしたんだそうです。ご縁のふしぎさというか香港という土地のマジックというか、あるいはこれもまた黄大仙様の御霊験、最後の日に下さった粋なプレゼントってやつなのか。
外はあいかわらずびしゃびしゃ雨が降っていたけどちょっと浮かれたきもちになって、PMQから一昨日訪ねそびれた孫中山記念館へ。
孫中山(孫文)生誕140周年を記念して2006年にオープンしたミュージアムで、建物は1914年(『孫文の義士団』の時代から8年後)築の「甘棠第」を改築したもの。茶具文物館同様ひじょうに趣深い素敵な洋館です。展示されている品々も見応えがあって、帰りの飛行機の時間がなけりゃもうちょっと長居をしたかった。

空港から街まではエアポートバスで来たけれど、帰りはインタウン・チェックインなのでエアポート・エクスプレス(機場快綫)でするすると移動。

顧みれば香港に来て、飲茶というやつを一度もしなかったなあ、と思いました。PMQに向かう途中、鴨巴甸街(Aberdeen Street)沿いに有名な老舗飲茶店「蓮香楼」があって、立ち寄ってみたかったけど雨でも長蛇の列だったので断念。茶餐廳(Cha chaan teng)にも行かなかったし名物スイーツ的なものもまったく食わずに終わった。
私はそもそもそんなにたくさん食べられないし甘いものもたいして好きじゃないですし、胆嚢が無いもんでバターやクリームといった乳脂肪分のきついものの消化がままなりません。調子に乗ってそれらを口にすれば覿面に気持ちが悪くなって寝込んでしまいます。菠蘿油(バターを挟んだパイナップルパン)とか西多士(油で揚げてバターをまぶしたフレンチトースト)とか乳脂肪こってりの香港式奶茶(ミルクティー)といった茶餐廳の定番メニュウは、すごぉく食べてみたいんだけども禁忌以外のなにものでもありません。非日常の旅先だろうと、いや、体調崩してるわけにはゆかぬ旅先だからこそ、浮かれて日常の食習慣から大きく逸脱することはできない。だれかと一緒の旅ならばシェアということができるけど、ひとりだからそうもゆかぬ(頼んだものを食べきれずに残すのがすごくイヤ)。斯様にお食事方面ではちょっと不自由だけれど、同行者に変に気を遣うこと無く自分のやりたいことだけをやり、行きたいところにだけ行って見たいものだけを見ることができるひとり旅はやっぱり自分に向いている形態だと思います。

とはいえひるどきを外してしまったのでぺこちゃんだし、香港ラストめしなんだからここはちょっとジャンクなものを食いましょう、と思って出発前に、ターミナル1の翠華餐廳(Tsui Wah Restaurant)香港国際機場店に入りました。翠華餐廳はいちおう茶餐廳という業態ですけども、町場の鄙びたそれとはだいぶちがって完全にファミレスの体です。
頼んだのは凍檸檬茶(アイスレモンティー)と、「酩拍槌悌減昊崑┸麵(ミックス野菜とインスタントラーメンの鉄板焼き、黒ニンニクソース)」てやつ。この「インスタントラーメン」てのはたぶん出前一丁ですね。なんか30年ぶりぐらいに出前一丁食べた。名前と見た目はごってりしてるけど野菜がたくさん入っていてお味もふつうにおいしく、つるっといただけてしまいました。

帰りのキャセイは荷物の積み込みミスがあって離陸が1時間遅れたものの、恙なく羽田に着きました。
横浜駅で京急電車を降りてタクシー乗り場に向かうとき、まあ終電ぎりぎりの深夜なんだから当然ですが、なんて日本は暗くて静かなんだろうか、と思いました。僅か数時間前まで、いろんな音といろんな匂いのする、いろんなひとびとが無秩序に行き交うあの雑踏のなかに、自分もその景色のひとつとなって存在していたのだということが、なんだか夢のようでした。


【6月18日の諸経費など】




【お写真いろいろまとめ】








【日々の歩数まとめ】


(※平均歩数は一日17895歩でした。)



帰国後しばらくして、天袋のなかに仕舞ってあったプレイステーション2をひっぱりだし、ものすごくひさかたぶりに『九龍風水傳』をプレイしてみました。
龍城路から重慶花園へ。
九龍フロントから天堂劇場へ。
道光30年(1850)の乾清宮へ。
民国9年(1920)の上海へ。
是空。蛇老講。鏡屋。チャーリー。陰陽師。双子師。小黒。リッチ。ゲームキッズ。紅頭。夏先生。宗じいさん。ミスター・チェン。アニタ・ドール。妖精さん。異形の水先案内人。路人たち。妄人たち。そして鬼律たち。
だれもいなくなった陰界九龍城。

もう長いこと、仮想の、空想の、妄想のなかだけにあった町。

2017年、「現実の香港」に行って帰ってきたのちも、仮想の、空想の、妄想のその極彩の町は、此処に残した記録と記憶の裏でのたうつ龍のように、深く潜行し、脈動して、在りつづけることでしょう。


冗長な記録をここまでお読みくださった貴方に、感謝申し上げます。
ありがとうございました。

| 08:55 | 瑣屑。 | comments(2) | - |
Comment








多分、入院&手術などのバタバタで、この記事に気が付いていませんでした(;^ω^)
こんな詳しい旅日記、大雑把なアタシにはとうてい書けません(笑)
なんだか、にほひまで伝わってくるような、
一緒に旅してる気分になりました←行ったことない所にもw

今回果たせなかったこと、必ずリベンジしてくださいね!
次回は違う季節に行ければいいですね^^

にしても、最初の香港なのに、1人でここまで深く周れるなんて、マジ尊敬です(笑)
ちゃんと調べていくとか、そうゆうヒトには一生なれないし(;^ω^)
これ、冊子にしたら、即買いたい!(爆)

これ読んでからお昼寝したら、怪獣大夏に紛れ込んでいました@夢w
まだ、行ってないんだけども(笑)
posted by パブロ・あいまーる | 2018/01/14 8:44 PM |
>パブロ・あいまーるさん

たぶんほとんど読まれていないであろう(くそ長い)記事にコメント頂戴し、どうもありがとうございます(笑)。
日々の徒然はどんどん忘れてゆきますが、やはり非日常の世界で体感してきたことはいまだにありありと思い出せます。湿気も(笑)。
思えば初ニューヨークひとり旅のときも地球の歩き方を毎日読み、ニューヨークが舞台の映画を観まくっていたんですが、現地に着いてその空気に触れた瞬間、紙上の知識との乖離に「うわあ……」てなりましたし(良い意味で)、香港もそうでした。
風、匂い、温度、湿度、味、音。
などなど、感覚で体感することの強さってやっぱりすげえなと思います。
あと、とくにネイザンロードをぶらぶらしているときに感じたのですが、自分がひとりの日本人として、様々な人種の方が行き交うこの街の雑踏のなかにひとりで立って、そしてそれもそのまま「香港」の景色になっているかんじが、たいそう気持ち良かったです。これはニューヨークに行ったときもそうでした。

香港に何度も行かれている香港猛者の方からすればほんとうに初心者の旅で、クラフトビール以外にもやり残したこと、行けなかったところが山積なので、きっとまた行くと思います。今度はあんまり湿度高くない時に行きたいですが、暖房が無くて寒さに震えるよりはむんむん暑いほうがビールもうまいかも知れないので(笑)また夏場を選んでしまうかも。
posted by レッド | 2018/01/16 10:20 AM |
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