蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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七年之後、従心之所念。
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“Gethsemane”
Carl Heinrich Bloch




ラッキースター木星が私の星座乙女座に滞在しているいま。
占星術方面において一般にこのシーズンは、「12年に一度の大幸運期」なぞと呼ばれています。
現実はどうかといえば毎度のこと乍ら仕事も仕事じゃ無いこともぱつぱつです。
前の記事にも書きましたが年明けに最愛のバンド、ザ・イエロー・モンキーが復活を遂げ、くわえて大河ドラマ『真田丸』に溺れ、なんだかんだで浮かれぽんちな日々を送っております。
ザ・イエロー・モンキーが解散し、『真田丸』の前の三谷大河『新選組!』が絶賛放映中だった2004年。やはりラッキースター木星は乙女座に滞在していました。それはもう、たいへんでした、いろいろと。なにかと、ええ。石井ゆかりちゃんによればこの時期は幸運期ならぬ「耕耘期」、「その人の可能性の畑を耕して整地し、ここから12年をかけて育てていける幸福の種を新たに蒔く時期」だそうですが、12年前のあれは正しくそういうシーズンでした。蒔いた種を12年かけて育てた挙げ句のいまここであることは、ほぼ間違いありません。

昨晩は、2007年から『藍宇』に出逢う直前まで、夜な夜なこそこそ綴っていたお話たちを読み返しておりました。
自分が書いた文章を自分で読んでおもしろがるというのもなかなか不遜できもちのわるいかんじでありますが、でも、おもしろかったです。
ぶれてないな、と思いました。

2007年4月から6月に放映されていた『バンビ〜ノ!』というドラマの、所謂SS、二次創作というやつなんですけれども。
舞台となる六本木のトラットリア《バッカナーレ》、そこで働くソットシェフ(副料理長)桑原敦とカーポ・カメリエーレ(給仕長)与那嶺司のふたりがじつにめっぽうわたくしごのみのステキCPで、ぞっこんいかれてしまいまして。
もともとそれぞれの中の人(佐々木蔵之介、北村一輝)の結構なファンでしたしそんな彼らの『医龍』以来の待望の共演つうことも手伝って、いろんなところの箍がはずれまくっていろんなものがどろどろ漏れたりとか、してしまいまして。
もはや取り返しがつかぬくらい決定的に決壊したのがこの回。

con amore。〜『バンビ〜ノ!』六皿目。

それでまあ、決壊ついでに「うまれてはぢめてのSS」などという暴挙に出てしまったと、いう次第です。
『バンビ〜ノ!』って佐々木北村両者のファンのあいだではぜんぜん評価高くないんです。でも佐々木蔵之介がイタリア語をしゃべっているのにほとんどドイツの軍人さんみたいだったり、北村一輝はその2年後に上杉の御屋形様だったり、へたれアップレンディスタの中の人が『ゲゲゲの女房』でブレイクしたり、蔵之介さんのライバル役だった人が『イップ・マン』でドニーさんとガチだったり、個人的にはなにかと興味深い作品だったんです。あと何度も書いていますが「ふたり」というものが異常な迄にだいすきなので私。
件のSSのなかで与那嶺司をモデルにしたキャラクターに「家族」の概念について、

いちばんすきなひとと、朝も昼も夜も、ずっといっしょに暮らすこと。

なんてことを言わせているように、自分、家族と問われてまず浮かぶものは「あなたとわたし」なの。
あなたを残してどいつもいらないの。
二人を残してなんにもいらないの。
私はあなたそのもの、なの。

実人生に於いてはそうしたことが叶わなかった。
なので私はいまもずっとひとりでいるのでしょう。


ふたりはやがてひとりになる、という前提というか予兆というか確信というか。
そうしたものをひたひたと感じればこそ、私はここまで「ふたり」という物語に惹かれてしまうのです。
(翻って言えばそうしたものをまったく感じさせなければそれは「ふたり」では無くてただの複数の人、です)
だから、『藍宇』という物語との出逢いがどれほど大きなものだったか。
『真田丸』第33話の加藤主計頭清正に、
「よっぽどなんだろ? よっぽどなんだよな?」
と問われたら迷うこと無く「よっぽどです」と答えますよ。

朝、眠る情人のかたわらでひっそりと身仕舞いをし、部屋を出てゆく藍宇。数時間後に不慮の事故でその命を絶たれることなど彼は知らない。それなのに、もはや二度とはもどるまいといった、なにがしか純で硬質な決意のようなものを、そのときの藍宇は負っているかのようにみえる。物語がまだ動き出してもいないうちから終幕の彼らの運命を、映画はくっきりと其処に刻んでいる。そして陳捍東と藍宇の軌跡はそのまま、私が当時、夜な夜なこそこそ綴っていたお話の「ふたり」のそれに重なるものでありました。つまり、そう、だから、「よっぽど」なのでした。

『藍宇』で描かれる「悲劇」って言ってしまえば常套なんでしょうし、その点をとりあげてこの映画を批判する向きもあります。
ではなんで常套になるかといえば、それだけたくさんの人がじつはその「悲劇」を、密かに渇望しているからでしょう。
いちばんすきなひとと、朝も昼も夜も、ずっといっしょに暮らすこと。
そんなこと望むべくも無いからでしょう。
ふたりがふたりのままに完全無欠になったとき、それはもはや、「ふたり」ではなくなってしまう。
ふたりがふたりとして完全無欠になるためには、どうしたって「ふたり」という容器を一度、毀す必要があるのではないか。
「私はあなたそのもの」とは、そういうことなのではないか。
私がしんそこ美しいと思うのは、そういうことなのではないか。


そんなことを考えていたりします。
昨日で此処も、七年が経ちました。
中国では「七」は循環や周期において大きな意味を持つ数字であるそうです。だったらまあそろそろいっかみたいなかんじで、上記『バンビ〜ノ!』第六話を観たあとに綴ったお話を載っけてみます。2009年の夏にふた月をかけて書いた『藍宇』の感想文と同じくらい、これもまた私の衝動のひとつのかたちでした。ドラマをご存じ無い向きにはなにがなんだかでしょうし、ドラマ並びに役者さんのファンの方にはご不快にかんじられることもあるやも知れません。まことにすみません。こそこそどうぞ。





朱夏。


「僕は以前にも一度、伴君に会ってるんだよ」

 ──と、与那嶺司は、話しはじめた。
 唐突といってよかった。
 俺は少しめんくらった。


 その夜は、俺のほうから彼を誘ったのだった。
 それはほとんどはじめてに近いことだったし、裏口で待ち伏せるようにしてなかば強引に連れ出すなどというやり方は、いつもの俺からすれば、いかにも「らしくない」行為だった。
 仕事場で始終顔突き合わせている相手を、仕事終わりに呑みに誘うという、それだけのことだ。
 それだけのことが、いざやろうと決めたら妙に気恥ずかしく、与那嶺がくしゃっと笑って「喜んで」と応じてくれたその素直さに、かえってうしろめたさをおぼえる始末だった。


 三十五にもなって思春期か。
 青いな、俺も。


 一緒に呑むのはべつにこれがはじめてではない。
 終業後にバンコーネで何杯かひっかけて帰る、というのが一日を終えるための儀式みたいなものになっていて、けれどもそこではいつも、俺と与那嶺の間に宍戸美幸がいる。
 俺も与那嶺も、美幸とは何度か寝ている。
ひとつ間違えば修羅場になるような間柄だが、美幸は頭のいい女だし、与那嶺には他人と争ってなにかを手に入れようというがつがつしたところがまるでない。そういうふたりだから、俺のような、どちらかといえば自分本位で独占欲が強い人間でも、角突き合わせずにつきあっていけるのだろう。
 いつのころからかしかし、俺たちの間に「美幸がいる」のがあたりまえになり、逆に美幸抜きで話す機会を持とうという気持ちが、俺にも与那嶺にも、なくなってしまった。


 いや、それは間違っているかもしれない。
 美幸を緩衝材にすることで、ほんとうは、どちらからともなく、本能的に避けたのかもしれない。
「ふたりになる」ことを。


 代わりに俺たちが覚えたのは、言葉ではなく、美幸の頭越しに交わす視線で意思を伝えあうこと。
 美幸といて心からくつろぐということはなかったが、言葉を費やさなくても言葉以上のものを受け止め与えてくれる与那嶺に、知らず知らず俺は、甘えきっていたのだろう。


 そういう相手だ。
 そういう相手をあらたまって誘い出すのが、こんなに気骨の折れる仕事だとは思わなかった。
 だが、気骨が折れようと中坊の初デート並みに気恥ずかしかろうと、俺はどうしても、与那嶺と話しておきたかった。
 笑顔の陰で、彼がどんな思いを抱えているか。気づいているのはたぶん、俺だけだから。
 自惚れは重々承知だ。


 厨房のヘルプとして伴省吾が入ったその最初の夜、俺たちのほとんどが、予想通り彼が繰り返す失態を密かに嗤いながら傍観していた。
 閉店後に行われた賭では、店のおおかたが、「今度来たヘルプは三日もたずに辞める」に賭けた。俺も例外ではなかった。
「辞めない」に賭けたのは、与那嶺司ただひとりだった。
 生来のギャンブラーだから、と冗談めかして笑っていたが、与那嶺は、そんな脆弱な理由でつまらぬ賭に乗るような男ではないはずだった。
 結局伴は三日どころか、踏んだり蹴ったりの目に遭いながらもしぶとく折れることなくもちこたえ、春休みを六本木で過ごして、郷里の博多に帰っていった。
 しかし伴がもう一度《バッカナーレ》に戻ってくるとまでは、正直そのとき、俺は考えていなかった。
 厨房のだれもが──香取も、あすかも、雅司も、そして織田も──伴はもう二度と《バッカナーレ》に戻ってこないだろうと、口には出さなくとも、交わす視線が無言でそう語っていた。
 そこに一抹のさびしさがあったのも否定しない。
 伴省吾は、それだけの強いなにかを、俺たちに残していったのだった。


 与那嶺はどう思っていたのだろう。


 与那嶺は、どういうわけか、最初から伴にこだわりつづけていた。
 なぜ彼がそんなにもあの小僧に肩入れしているのか、俺にはわからなかった。
 正面切ってその理由を問いただすことはしなかったし、問いただしたとしても、曖昧な微笑でかわされるだけだったろう。
 だが俺は、ずっと気になっていた。


 早春の終わり、伴省吾は大学を中退して六本木に戻ってきた。
 そうして《バッカナーレ》の慣習通り、まず、ホールの仕事から始めることになった。直属の上司は、俺から与那嶺に替わった。
「厄介なのを引き受けたもんだな」
 皮肉をぶつけても与那嶺は笑って、
「素直ないい子だと思うけどね」
 と言うばかりだった。
 だが案の定、意に染まぬ仕事をするはめになった伴はこれ以上ないほどわかりやすく落ち込み、落ち込みはこれまたこれ以上ないほどわかりやすく、仕事上の数々の失態につながった。
 今度ばかりは与那嶺といえども庇いきれまいと思った。
 伴は、ホールにいることそれ自体に萎えている。
 嘘のつけない性分が災いして、それをまるで隠そうとしない。
 ホールの仕事を心から愛し、そこに自分の居場所を見出している与那嶺は、伴のありようそのものにひどく傷ついているのではないか。
 俺はそれを怖れていた。
 与那嶺自身はあいかわらず他人の前では笑顔を崩すことがないし、それが彼流の、一種の韜晦の手段だということが、いまは俺にもわかるだけに。


 入社当時は俺もホールの仕事に就かされて、密かに腐ったりキレたり、六本木交差点のど真ん中で馬鹿野郎と叫んだりなどしていた。
 そんな俺をなにかとフォローしてくれたのが与那嶺だった。
 与那嶺は俺と同年だが《バッカナーレ》でのキャリアは俺よりも上で、四大の建築科卒の料理人志望という変わり種の俺は、現場の叩き上げである彼に対して拭い難いコンプレックスを感じてもいたし、反面どこかで見下してもいた。
 生来人の心の機微にあまり敏感なほうではなく、そういうものに敏感すぎる与那嶺の接客の仕方は自分なぞ逆立ちしても真似ができないだけに、逆に鬱陶しくもあった。
 なにがあってもいつも笑っているのも気に障った。
 その微笑を無理矢理剥ぎ取って、泣かせてみたいとすら思った。
 ある夜、仕事終わりにたまたまふたりでホールに残って呑んでいたとき、酔いも手伝って俺は、つい口に出してしまった。


 自分はなにかをつくる側の人間になりたい。
 人のつくったものを運ぶだけの人間で終わりたくないし、終わるつもりもない。
 ホールは自分にとって、厨房というゴールに向かう、そのコースの途中を流れ過ぎていく景色みたいなものだ。
 いまはいろんなことがあるが、いずれみんな、忘れてしまえるだろう。


 それはまぎれもない本音だったし、だれにも言えない本音をぶつけたくなるほど与那嶺に気を許してもいたのだが、自分がどれほど無神経なことを言ってしまったのか、与那嶺の顔を見て、ようやく俺は気づいた。

「じゃああっちゃんは、いつか僕のことも忘れてしまうんだろうね」
 彼はそう言ったのだった。笑顔を完全に消して。


(笑顔でパン切ったりするために来たわけやなかです)


 伴のその一言に俺が感じた怒りは、だからそのまま、昔の俺への怒りだったのだと思う。
 俺はもう、与那嶺にあんな顔をさせたくない。


 しかし誘ってはみたものの、そのあとどうすればいいのか、正直俺は迷っていた。
 いつも外で呑むときは大抵与那嶺が知っている店に案内してくれるので、こっちは彼のあとをついていけばいいわけだが、自分から誘っておいてそれはないだろうし、このあいだ伴と食事したトラットリアあたりに行くかとか考えていたら、その逡巡を見てとったのか、よければ自分の部屋で呑まないかと与那嶺は言った。
「いいのか」
「いいよ。だれもいないし」
「そうなのか」
 俺には同居人がいるし、与那嶺は与那嶺で週末ごとに違う女を連れているという噂だったから、一旦店を出れば、互いに「その先」に踏み込むことはこれまでなかった。
 平静に答えながらも、俄に動悸が速くなるのがわかった。俺は、そういう己の変化に戸惑っていた。


 主のビジュアルとは真逆に、殺風景といっていいぐらいつるんとした、なにもない部屋だった。
 キッチンのカウンターに何本かのグラッパのボトルが置かれていて、そのなかにベルタの《トレ・ソーリ・トレ》があるのが目を惹いた。
「黒葡萄の女王」と言われる、バローロのネッビオーロからつくられる逸品だ。《バッカナーレ》オーナーシェフの宍戸鉄幹が、客が帰ったあとのバンコーネで、ときどきこれを盗み飲みしているのを見たことがある。「オーナーシェフが自分の店の酒を飲んでどこが悪い」と嘯きながら。
「高い酒飲んでるな」
「それはシェフの」
「え、くるのかシェフ、ここに」
「たまにだけど」
 知らなかった。
 親しくなったあとでも与那嶺司は、《バッカナーレ》で働きはじめるそれ以前のこと──自分の家族のこととか、自分の子ども時代のこととか──はほとんど語ることがなかった。
 美幸がほのめかすところによれば、シェフとは単なる経営者と従業員以上の関わりがあるらしかったが、それもあくまで「らしい」の域で、俺もよく知らなかったし、知りたいとも思わなかった。
 それに、そういう生な感じが俺はあんまり得意じゃなかったし。
「飲んでみる?」
「いや、やめとく」
 それこそ他人の酒を盗むような行為だ。
 じゃあこっち、と与那嶺が出してきたのはやはりバローロ──99年のリゼルヴァだった。



 伴のことだけどさ。

 一本目が空になるころ、そう切りだしたら、やっぱりその話かと笑われた。
「大丈夫なのか」
「伴君は、ああ見えて根性あるからね」
 伴じゃなくておまえが、と言いたかったがやめておいた。
「いちばん大切なことは、自分で見つけなきゃだめでしょ。自分で見つけるから、それはそのひとにとって、一生ものの宝石になるんだし」
「確かに俺もそう思う。だけど伴は料理人志望だろう。嫌な言い方になるかもしれないけど、いずれホールを去る人間だ。そんな相手に入れ込んでも、その分、あとでつらくなるんじゃないのか」
 言ってしまって、少しばかり後悔した。
 俺は結局、こいつに対して、昔と同じことを繰り返している。
 けれども与那嶺は表情を変えず、だからこそだよ、と言った。


「いずれ厨房に──あっちゃんに返す子だからだよ」


 頬が火照るのを感じた。
 ほのかに甘いものを含んだ凶暴な気持ちが不意に兆した。酔うには早すぎる。くちびるをかんで、どうにかやり過ごそうとした。
 そんな俺の狼狽を知ってか知らずか、二本目のリゼルヴァの封を切りながら与那嶺は、
「それに、ある意味恩返しでもあるかな」
 ぽつんとつぶやいた。
「おんがえし?」
「僕は以前にも一度、伴君に会ってるんだよ」


 そこで与那嶺は、唐突にそう言ったのだった。


「え、どういうこと?」
「鹿がいたんだよね。あのとき」
 意味がわからないと言うと、
「昔の話だよ」
 そう前置きして、与那嶺は話しはじめた。


 そのとき僕はもう、いろんなことがどうでもよくなっていた。
 で、だれも見ていないところでひとりで死んでしまおうかと思って、山に行った。
 夏で、もう夕暮れで、辺りにはもちろんだれもいなくて、蜩の声ばかりが聞こえる。
 このまま夜になったらどうなるのかな、道に迷って野垂れ死にってのも悪くないな──そんなことを考えながら歩いていたら、原生林のなかを、鹿の群れが走りすぎていくのがみえた。
 鹿そのものはそのあたりではべつに珍しくもなかったし、ああ鹿だなあ、ぐらいに思ってぼんやり見送っていたら、そのうちの一頭がいきなり立ち止まったかと思うと、くるりと向きを変えて、僕のほうに走ってきた。
 さすがに驚いた。
 まだ若い、やっと角が生えはじめたような牡の鹿だった。
 最初は餌が欲しくて来たのかと思ったけれど、ねだる素振りも見せない。ただ、僕と並んで歩いていく。僕が歩くと鹿も歩き、僕が立ち止まると、鹿も立ち止まる。自分もこっちに行きたいから行く。そんな感じだった。


 どのくらい、そんなことをしてたのかな。
 ずいぶん長い時間のような気がしたけど、実際にはせいぜい十分てとこだったろう。


「それで?」
「それっきりだよ。来たときと同じように、鹿はあっさり森に帰っていった。あっという間に見えなくなったよ。振り向きもしなかった」
「死ぬのはどうなった」
「やめたからいまここにいるんだろ」
 与那嶺は笑った。


 鹿と並んで歩いていたら、鹿に出会う前の自分の気持ちがまるでわかんなくなっちゃってさ。なんで死にたいとか思ってたんだろう、って。
 それで、野垂れ死にはやめて山を下りた。
 伴君にはじめて会ったとき、はじめてなのに、また会えたと思ったんだ。どうしてだろうと考えてたら、鹿のことを思い出した。
 あの眸のせいだね。いま以外のなにも映していない眸だったよ。
 あのときの鹿も、伴君もね。



 ああこいつは長生きしない。出し抜けにそんなふうに感じた。
 どうしようもなくせつなくなった。
 酔うには早すぎる。酔うほど飲んでもいないはずだが。


 開け放した窓から、夜の風が入ってきた。
 春も終わりだね、と与那嶺は言った。


「春は終わるんだよね。いつだって」
「もう若くないってことか」
「青春の次にはなにが来るか知ってる?」
「知らん」
「朱夏だよ」
「しゅか?」
「青春。朱夏。白秋。玄冬。ひとの一生を、昔の中国人はそんなふうに季節に擬えて呼んだ。青い春が終われば夏がくる。燃えるような、朱い夏が」


 夏か。
 そこがいま、俺たちのいる時間なのか。
「あのとき死ななくてよかった。こんなにきれいな季節を、だれかと一緒に見られる日がくるなんて、思いもしなかった」


 与那嶺司は、俺の目をまっすぐにとらえて、ありがとう、と言った。


 甘く凶暴な気持ちがふたたび兆すのを感じたが、それを抑えることはもうしたくなかった。
 目の前に差し伸べられた手を二度と離すまい。
 ただそれだけを、俺は、祈るように思った。



(la fine)


June 26, 2007
many thanks to “SO YOUNG” performed by THE YELLOW MONKEY


| 17:03 | 藍迷。 | comments(6) | - |
Comment








7年経つって素敵な事ですね!
単純なのでラッキーセブンって直ぐに思ってしまいます(笑)。
おめでとうございます!!!

レッドさんの真っ直ぐな生き方って、お姿にも表れて何時もとても背筋が伸びて美しいです。
実は兎おばちゃんの憧れです(爆)。

これからもお姿と同じく美しい言葉を読ませて頂きにお邪魔します。

某所の私の写真にいいね有難うございます!何時も嬉しいです。
posted by usako | 2016/08/28 9:35 PM |
>usakoさん

御言葉ありがとうございます。
本家ブログのほうは05年4月から始めたので、延べ年数だとブログというものに関わって、10年を越えてしまいました。
やっぱり何か腰を据えて書こうと思うと、ブログが自分の生理に最も合ってるメディアなのかも知れません。

『真田丸』で石田三成を見るにつけ、人との距離の測り方の不器用さに涙を禁じ得ませんが、それは自分というものを三成に照らしてみて共感を覚えているに他なりません。
「真っ直ぐ」というか、頑固で融通が利かない人間だと思います。扱いにくい私をいつもお気にかけてくださり、とても嬉しく、慕わしく思っております。

じつはインスタもアカウント持ってるんですがほぼ活用しておらず……今度改めて伺いますね(笑)。
posted by レッド | 2016/08/29 6:14 PM |
ブログ7年経過おめでとうございます!
人の気持ちは絶えず変化してゆき、新しいときめく対象に出会って気持ちを移してゆくことが多い中(もちろん気持ちの変化も充分に良い事だと思ってます)、7年間変わらず劉さん胡軍さんへの愛情を注いでいることに敬意を感じてます。
そして「朱夏」をじっくり拝読しました。『バンビーノ!』は知らなかったので最初は文が自分の前を通り過ぎる感覚になりましたが、ホームページを訪問しておおよその背景と役名をわかってから読むと鮮やかに映像が映り始め、新しいエピソードが酔いを誘い、二人の間の空気温度が変わってくるのがじんわりと感じられ余韻が残りました。

二人の関係としての物語としてみると、「藍宇」は激しいなあと、読んだ後改めて思ったりしました。それはそれぞれの二人が住む社会背景の違いがそうするのかも。
わたしもいつも心のどこかに藍宇がいて、ほぼ自分の中だけで発酵してしまってブログにもかけないでいます。いえ、もうここのブログで私が思った以上のことを追及してくれていると思ってます。
それから
以前書かれていた鬼狼の物語もじつは密かに待っています。急ぎませんが、いつか。


posted by blueash | 2016/08/30 1:14 AM |
>blueashさん

御言葉ありがとうございます。
年明け早々イエロー・モンキーがやらかしてくれたため、5月11日の再集結初ライヴから3ヵ月というものは、ほとんど地に足が着かぬ状態でふわふわ過ごしてまいりました。
そのためこちらの更新も、先日書いたようにしばらく滞ってしまいました。
私も気の多い女なのでそのときそのときでなにかと惚れっぽく、特定の対象に気持ちががーっと動いたりもするのですが(生来のみーはー体質ですし)、こうして俯瞰してみると、求めているものは子どもの頃から一本筋が通っていて、そのときどきで顕現するかたちが異なるだけ、という気がします。

『藍宇』の感想文を書き上げるまでには2ヵ月かかりましたが、「朱夏」はほとんどお筆先のようにつるつると書けてしまったお話でした。鹿に出逢う話は私の実体験で、場所は夏の黄昏の春日大社参道でした。とても不思議な、とても清々しい時間として記憶しています。鹿は春日の神の御神使なので、よけいそう感じたのかも知れません。
のちに『藍宇』に出逢って、捍東をみつめる藍宇の眸がこのときの鹿のそれのようだ、と思いました。その眸がある意味厳しく映すもの、その謎に導かれて気づけば七年です(笑)。

『バンビ〜ノ!』公式ってまだ残っていたんですねえ。久しぶりに行ってみて、すんごく懐かしかったです! DVD-BOXまた観返してみよう(笑)。
あと鬼狼のお話なんですが、PCの不調でデータがすっとんだときに途中まで書いていた下書きがつるっとどっかに消えてしまいまして……。
当時とは気持ちの変化もありますので、いずれまた、書き始めたいと思っております。
posted by レッド | 2016/08/30 10:35 AM |
はげしく出遅れてすびばせぬ…(;_;)
ブログ7周年!おめでとうございます〜♪
もう7年?!…まだ7年??(^^;)
ほんと、レッドさんと、このブログに思いっきりお世話になってます〜m(_ _)m

美しい文章と読み応えのある記事とで夜な夜な徘徊もといお邪魔するのがほぼ日課のようになってます♪
これからもどうぞよろしくお願いいたします♪

んで。
『朱夏。』…鹿が(話に)でてきたくだり、なぜか『ぱぱどこ3』の鄒市明さんのなぞなぞの答え(ヘラジカ)を連想しちゃったです(いえ、鹿だからってんじゃなく・笑)

ピンインが「迷路」と同じで「四不像」という別名から「なんともつかない状況」のたとえ…。
与那嶺さんの、鹿に出会う前の心境もそんな感じに近かったのかなと。夕暮れの森で、なんかもうどうでもいいみたいな感じになっていって…って、なんだかヘラジカ状態?(笑)
でもそこで神の使いの鹿に引き戻されたのね…とかって勝手に思いました(笑)。

ちなみに私も昔、夏の夕方、春日大社のあの鬱蒼とした参道でいきなり鹿と遭遇してびびったことあります〜(苦笑)
posted by カエル | 2016/09/04 3:07 AM |
>カエルさま

仕事ぱつ×村上新悟さんスタパが重なって、私もお返事が著しく遅れてすみません!
毎夜お出ましいただきありがとうございます。昨今は諸事情あって(笑)更新も頻繁にはできておりませぬが、一旦好きになると結構しつこい人間なので(笑)、行けるとこまで続けてみようと思っております。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

四不像について調べていたとき、私も「朱夏。』を書いたときのことを懐かしく思い出していまして。
「朱夏。」の本編にあたるようなお話においては、まさにあのときの胡軍さんリウイエさんのように、手に手を取って「森」に消えるふたり、というものを書きたかったもんですから(笑)。
あとあのー、佐々木蔵之介さんが『バンビ〜ノ!』のあとに『鹿男あをによし』に出演されたという鹿つながりもけっこうでかい。ちょうど『鹿男』撮ってるときに奈良に行って(猿沢池のほとりで蔵之介さんに遭遇したりしつつ)、ふたたび春日大社の参道を歩いてみましたが、鹿とふたりきりで歩いた夏の黄昏のあの不思議な時間は、もう戻ってきませんでした。ひたすらせんべいを強奪されるばかりでした(笑)。

来し方を振り返ってみますと、「ふたり」と「森」というものが、自分にとって非常に大きなふたつのテーマなのだ、と確信いたします。
それぞれ単体でも良いのですが、組み合わせてみたい、すなわち「私はあなたそのもの」でもあるようなふたりをふたりぽっちで森に置いて眺めてみたい、という欲望がとてもでかいです。
そうした「ふたり」=私自身にほかならないのですが。
『藍宇』は、そんな欲望を正しく映像化して見せてくれた、希有な物語。

所謂「萌え」というものって何処かしら過不足があったりし、それを補うこちらの妄想力煩悩力が問われたりもしますが、『藍宇』に限っては無欠でした。
語り口のそっけなさを批判されたりもする『藍宇』ですが、自分が感じているこの無欠感を力説したところで、理解してくださる方ってどれほどいらっしゃるのであろうか。
なんて思ったりもします。
便利な言葉をつかえば、やっぱり出逢いは「縁」ということになりましょうね。
posted by レッド | 2016/09/06 8:22 PM |
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