蛇果─hebiichigo─

是我有病。

| CALENDAR  ENTRY  COMMENT  CATEGORY
ARCHIVE  LINK  PROFILE  OTHERS  RECOMMEND
一九八九六四二七。
毎年6月4日は、彼の国のSNS方面から、哀悼の意をあらわす蝋燭のアイコンが消えてなくなる日です。
それはもう、笑っちゃうぐらいきれいさっぱり、無かったことに。
しょうもないことをしやがんなという気がしますが、まあでも私の好きな俳優さんたちはそんな国に生まれそんな国で暮らしそんな国でお仕事をしている。「そんな国で生きていくこと」の大変さは私などにはちょっと、想像を絶するところがあります。日々彼の国のSNS方面を眺めていると、かわいいねこちゃんのお写真とか、おいしそうなスイーツのお写真とか、らぶーな明星さんのお写真とか動画なんかが膨大にタイムラインに流れてくるのでうっかり忘れてしまいそうになるのですがでも、その裏には、ぜったいに口にはできない「そんな国で生きていくこと」の大変さが、きっと膨大にこめられているのじゃないかと思うのです。


まあいいや。
暗いと不平を言うよりも、すすんであかりをつけますよ。


IMG_5007 (1).jpgIMG_5006 (1).jpgIMG_5008 (1).jpg


何度吹き消されても、何度だってあかりをつけますよ。
我们不能忘记那一天。
そして勿論、記憶に残るうちは、お終いじゃ無いんです。


| 11:56 | 藍迷。 | comments(6) | - |
Comment








その夜の北京故事の描写で作者は藍宇の言葉を通して強い怒りを表してましたね。大丈夫かな、と少し心配しました。
そして映画「満城尽帯黄金甲」ではクライマックスで思わず連想しました。
無かった事にされても
消されても心の中の火は消えない
posted by blueash | 2016/06/05 12:19 AM |
まさに『記憶にのこるあいだはおわりじゃない』ですね…(ためいき)

かの国での27年前の昨日の出来事。
6月2日の新聞の国際面に、事件からまもなく27年てことで記事が載っておりました。
吹き消されても吹き消されても、ちいさなろうそくに灯をともそうとするひとらは確実にいるのだなと思いました。

あかりの画像がとても綺麗です。
9段目の右はじのは絵でしょうか?
posted by カエル | 2016/06/05 2:05 AM |
天安門事件の真相究明を求める声が盛んにあげられてきた「一国二制度」の香港ですが、
今年の追悼集会には参加しない学生が増えたみたいですね。
中国の民主化を求めるデモ行進も例年の半分程度の規模になったようで、
天安門事件から27年の今 あの事件をどう語り継いでいくか、まだ自由に語れる香港の役割が問われる気がします。
雨傘運動の挫折が学生たちの意識を変えたのでしょうかね〜集会やデモをしても意味が無いと。
中国の民主化と言って前に 現実の香港の先行きに対する不安が広がっているようですが、
確かにじわじわと中国の支配が進んでいるようで、台湾に移住を考えている人もいるようです。
そんな風に香港ですら何やら不穏な空気があるようですから、大陸の皆さんのご苦労の程いかばかりでしょう。
でもそんな風にはこれっぽっちも見せず頑張ってる皆さんの為にも、
隣人たる私たちは声を大にしてあの事件が風化しないように語り続けなくてはいけないと、改めて思いました。
posted by usako | 2016/06/05 11:46 PM |
>blueashさん

『王妃の紋章』のラストで人が虫のように殺されてゆく場面に、もしかしたら張芸謀はそういうことを忍ばせていたのかもな、とかちょっと思いました。
天安門事件、特に天安門広場で何が起きたかについては諸説あって、私などが結論付けることなどできませんが、89年4月から6月にかけての広場でのなりゆきを見守っていた当時の気持ちはいまだに忘れることができません。事件当時21歳だった胡軍さんはなにを見、なにを体験し、なにを感じていたのか。もちろん彼の立場的に口に出して語ることなど今後も無いのでしょうが、伺ってみたいなあといつも思ってます。
posted by レッド | 2016/06/06 10:09 AM |
>カエルさん

27年なので、27本並べてみました(笑)。
9段目右端はジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「大工の聖ヨセフ」という絵で、蝋燭を持つ少年は幼いころのイエスです。ラ・トゥール(大好きな画家です)は蝋燭やランプの明かりをモチーフに夜の人物像を描いた絵が多く、5段目右端のも彼の「マグダラのマリア」の一部でございます。偶然だけど胡軍さんと一日違いの3月19日生まれ(笑)。

ネットニュースにもあったけど、いかにして当局に削除されずに哀悼の意を表するか、ということについて、皆さん知恵を絞っておられるようですね。
ちっぽけな蝋燭の炎を消そうと躍起になる、灯が消えたあとの闇のむこうに見えてくる顔が、いろんなことをなによりも雄弁に物語っているんじゃないでしょうか。
posted by レッド | 2016/06/06 10:11 AM |
>usakoさん

私は観ていませんが、『十年』という映画で描かれている未来の不安が、当局の言う「馬鹿げた」ものでは無い現実になりつつあるというのが香港の現状なのでしょうね。
一国二制度の猶予の2047年まであと31年あるとはいえ、そんなの早くも済し崩しじゃないかということも言われていますし……。
雨傘革命の時に「第二の天安門事件か?」と言われていましたが、最悪、ほんとうに第二の天安門事件がこの先起こらないとも言えないように思います。
私には香港という土地が一種のアジールみたいに見えていて、国の制度がどうであれ、アジールみたいな、最後に逃げを打てる場所は残しておくべきだと思うんですけど、当局的にはそんなもんあるだけ目障りということでしょうか。
その底にはもしかしたら、「嫉妬」みたいなものもあるのかも知れませんが……。

何年か前、やはり6月4日に微博で、バレない程度にこそこそ哀悼の意を表してみたところ、中国のフォロワーさんに「シーッ」(唇に指を立てる)のアイコンで窘められたことがありました。胸の裡に思いはあっても口を噤まざるをえない。でも黙っているからといって何も考えていないわけでは無い。そもそも他国の人間であり、「そんな国」の現実を生きていない自分如きが生齧りで口を挟むことなど僭越、という思いもずっとあります。せめて、生きているあいだは忘れないようにしたいと強く思います。
posted by レッド | 2016/06/06 10:11 AM |
<< NEW | TOP | OLD>>