蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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夢の曲。──『藍宇』其の是拾澯
一陽来復。
昨年のきょうは、太陽がうまれかわる日(冬至)と月がうまれかわる日(新月)がお誘い合わせでやってくる、十九年に一度の「朔旦冬至」だったのでした。
たいそうおめでたくありがたい、そんな日に私自身は、年が明けてみればバセドウ病由来と判明するんだけれどもそのときはまだ原因不明の、謎な、さまざまな不調まっただなかだったりしました。


朔旦冬至から始まったこの一年。
『藍宇』まわり、というか胡軍さん劉さんまわりに限っていえば流石に冬至と新月がお誘い合わせでやってきただけのことはある、破壊的なほどハッピーな力が大きく働いたようでした。昨年のきょうの記事で筋肉少女帯の“ゾロ目”を引用して、

リセットなんかじゃなく
ふりだしに戻れ


とか書いていたんでしたが自分で書いたことが半年経ったら現実になっちゃって。卑近な流行り言葉にのっかってみますが正しくびっくりぽんでした。つまり『爸爸去哪儿第三季』という「事件」。第一站・陝西省楡林市で胡軍さんと劉さんが邂逅した2015年5月18日、そして第二站・西双版納で虹がふたりをつないだ2015年6月17日。ほへとさんの数秘でみてみるとどちらも「4 EX Std5」という、「世の常識に囚われない。狂っている」EXデイでありました。
なんてことなど最早不思議でもなんでも無かった。
揚げ句斯様な緊急事態までも捍東と藍宇の出逢いの時期に重ねてみせたふたりの「ふりだし」。


我が行は久にはあらじ
夢の曲 
瀬とはならずて淵にしありこそ



『萬葉集 巻三』に収められた大伴旅人のこの歌をはじめて読んだとき、「夢の曲」ってなんなのか、わかりませんでした。綺麗で不思議な、どうも地名のようなのだが何処にあるのか知らない。調べてみたら奈良県吉野郡吉野町にありました。


象(きさ)の小川の水が吉野川に流れ落ちるところを夢のわだといいます。夢のわだは『万葉集』にもよく詠まれ、その美しさは多くの万葉人の憧れでした。
(吉野町公式サイト)


「夢の曲」と書いて、「いめのわだ」と読みます。
「いめ」は「ゆめ」の古いいいかたで、「寝目(いめ=眠っているあいだに目にするもの)」がその語源であろうと。「わだ」は「彎曲した地形」のこと。


私の旅は、長くはかかるまい。
夢の曲よ。
浅瀬になどならず、美しい淵のままでいておくれ。



六十になってから大宰帥を命ぜられて九州に下り、吉野を、美しい「夢の曲」を懐かしんでそう詠った旅人は、帰京したのちに病を得て、ふたたび「夢の曲」を見ることも叶わず死んだといいます。
ゆめみるひとの今際の夢のなかでその淵は、何処までも藍く、何処までも深くなっていったのではないか、という気がします。



夢の曲 言にしありけり
うつつにも
見て来るものを思ひし思へば



嘗て吉野を訪ねたときは団体旅行だったので、あのぅすいませぇんちょっとわたし「夢の曲」まで行ってまいりまぁす、などという気儘はまかりとおりませんでした。ですから私にとって「夢の曲」は未だ夢のまま。夢のなかにしか無い場所です。


見たい見たいと思いつづけていた夢の曲。
やっとほんとうに見てきたよ。



そんなふうに詠った万葉の名無しさんがいました。
かれが「ほんとうに」見た景色ってどんなものだったろう。夢をはるかに凌駕する現実を目の当たりにして、「もう夢なんかじゃ無いぜ! 俺はほんとうに見ちゃったぜ!」と叫ぶそばから、かれの夢のなかだけにあった宝石さながらに美しい「夢の曲」は、永遠に喪われてしまうのに。
ほんとうに見ることが叶った刹那に霧消するあこがれ。
象の小川がちいさな瀧となって吉野川に合流するその淵を最初に「夢の曲」と呼んだひとって、なにを思っていたんでしょうね。






こういうかんじでよろよろ添い遂げる捍東と藍宇にもちょっと逢ってみたかった。
かたっぽがかたっぽの介護をしたりなんかする未来。
『爸爸去哪儿』第三季という番組は、ある意味見果てぬ夢の棄てどころとして機能したんだな。


10月2日放映の『爸爸去哪儿』第三季第六站第十二期に、特殊メイクでおとうさんを老人に変貌させ、こどもらのリアクションを撮るという企画がありました。海報を見たときにはやはり、上記のようなことを思いました。
「もう夢なんかじゃ無い」現実だけど。
所詮は紛いものの現実だけど。
逢えない四箇月を経て邂逅した長い一夜を、そののち何度もくりかえしてゆく宿命のふたりだったとしたら、肩を並べてその目交に、どんな景色をみたのだろうと。


見果てぬ夢を棄てにゆく。底方も知らぬ濃藍の淵へ。
ふりだしに戻ったふたりの「夢の曲」。
私たちはいつか私たちの夢のなかに、それをふたたび、見つけることができるでしょうか。



夢(いめ)の逢ひは苦しかりけり
覚(おどろ)きて 
掻き探れども 手にも触れねば


(萬葉集 巻四 741 大伴家持)



●茫茫人海。──『藍宇』其の拾九
●待宵。──『藍宇』其の燦拾壱
●ひらく夢などあるじゃなし。──『藍宇』其の燦拾互
●聖馬利亜。──『藍宇』其の燦拾穹


| 21:03 | 藍迷。 | comments(2) | - |
Comment








わー!!出遅れてすみませーん!!(滝汗)

今年はおふたりさんがものすごい「ふりだし」に戻ってくださいましたね(笑)。
なんというありがたい1年だったことでしょううううう…(涙)。
そうでした。あの「緊急事態」も
>捍東と藍宇の出逢いの時期

…だったんですねええええ(ためいき)…。

「夢の曲」かあ…。
またひとつかしこくなりました。ありがとうございます(笑)。

「見たい見たいと思いつづけていた」もの。
『ぱぱどこ3』でよもやの胡軍さんリウイエさんの共演?が拝めることができて、喜びの舞を舞いっぱなしな4か月でしたけども。

このおふたりさんの親しくほほえましい(笑)やりとりが、なんだかほんとに自然であったかくって
40代と30代の桿東と藍宇もこのようであったんだろうなあ…なんて思えてしかたなかったです(涙)。

記事最後の詠…。
思わずネットで訳を調べたら、なんだか藍宇がいなくなったあとの桿東の心のようでせつないです…(;_;)

>ふりだしに戻ったふたりの「夢の曲」

…いつか見つけられたらいいなあ…。
そして。
来年こそは映画で(ドラマでも)「共演」していただきたい!!と切に願います。
posted by カエル | 2015/12/23 11:00 PM |
>カエルさん

納品前だったりイブでのんだくれてたりでお返事が遅くなってすみません。

昨年の冬至に自分が「ふりだしに戻れ」と書いたこと、じつは忘れていまして。
よく「言霊」なんてことを言いますが、あれは下心と皮算用みえみえで「叶いますように(はぁと)」とかお願いするものじゃ無いんですよね。
なんでも無く発した言葉が、当人の意識を超えたところで良くも悪くも現実として立ち現れる、そういう現象を言うんだと思います。
で、私が一年前にそういう言葉をここに書いたことも、それが現実になることがどこか遠いところですでに決められていたからこそ無意識がそれを書くことを選んだ、だからそののちその言葉を裏書きするようなことが起こった──ということなんじゃないかなあ。
筋少の“ゾロ目”には、ゾロ目を出すたびに過去へ戻れるオーパーツのダイスを振ることのリスク(=振るたびに自分の命が消えていく)もちゃんと歌われていて、それも承知で
「かまうもんか上等だよ!」
と、「ふりだし」に戻ることを選び取る。
『爸爸去哪儿』第三季でのおふたりを見ていると、とくにあの「緊急事態」な写真付き微博をあげた胡軍さんを思うとやっぱりどっかで、「かまうもんか上等だよ!」という心の声が聞こえてくるみたいな気もします(笑)。
すべてはなるようになる、収まるべきところに収まる、というふうにできているってことなんでしょうかねえ。

最後に載せた家持の歌は唐のエッチな小説の本歌取りということで、死者を想う歌では無いんだけど、私も一読して、
「ああこれ、藍宇が部屋を出ていったあとの捍東みたいだよ……」
と思いました。家持がこの歌を贈った大伴坂上大嬢も、「離絶数年」ののちに再び歌を交わす仲となり、やがて家持の正妻になったというあたり、なんか「ぽい」なあと(笑)。

かえりみれば2015年は、シネマート六本木の『孫文の義士団』と『無間序曲』、そして中華街の『山の郵便配達』でしか銀幕のおふたりと逢えなかった、ちょっとさびしい年でした。
でもそういうことがあまり気にならなかったのは、やはり『爸爸去哪儿』で毎週毎週濃い邂逅を目にしていたからでしょうね。己の命も削りつつ(笑)、言霊様の贈り物を頂戴できたことを改めてありがたく思います。
posted by レッド | 2015/12/25 1:27 PM |
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