蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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六合。
2009年8月27日午前9時47分に最初の記事を投稿してから、きょうで六年が経過しました。

臭跡を辿った挙げ句にゆきつく果てが何処かは、ゆきついてみないとわかりません。

なんて書いていますが、たとえば一昨日深更に起きたひとつの出来事がそのとき想像していた「ゆきつく果て」なのかといえば、勿論そうでは無い筈です。
記事のなかで「五障の雲」という表現を使っています。
「五障」とは、こういうものです。


ご・しょう【五障】
1 女性がもっている五種の障害。梵天、帝釈、魔王、転輪聖王、仏の五つになれないとするもの。五礙(ごげ)。五重。
2 修道上の障害となる五種のもの。煩悩障、業障、生障、法障、所知障の五つ。



「五障の雲」とは、「五障を月の光を覆う雲にたとえていう語」です。
たとえば私のだいすきな長唄「京鹿子娘道成寺」の歌詞に、

我も五障の雲晴れて 真如の月を眺めあかさん。

みたいなかたちで出てきます。カッコイイ。
「真如の月」とは、「明月の光が闇を照らすように、真理が人の迷妄を破ること。煩悩が解け去って、あらわれてくる心の本体を月にたとえた語」です。
五障の雲の果てには屹度、真如の月がある筈なのです。
でもこの六年をかえりみても、そして七年目のこの先も、五障の雲が晴れ渡ることは無いのだろう──というか五障の雲のなかから出ることを善しとせず、孑然ととじこもり鬱鬱と彷徨うことになるのじゃないだろうかと、いう気がします。

正直に申しますとこのブログだってさすがに六年はつづくまいと、始めたころにはそうおもってもいました。
2001年2月に『藍宇』が殺青した当時は32歳と22歳だった胡軍さんと劉さんは、私が此処を始めた時点で41歳と31歳になっていました。六年経ったいまじゃあ47歳と37歳です。

47歳と37歳に、「その先」なんか無えだろ。
と、おもってもいました。

ところがどうやらふたりには、まだ「その先」があるみたいなんです。

おどろいたわ。
人生って奥が深いのね。
もうこれ以上はないと思っても まだ先があるんだわ。

そういうことは、六年つづけてみなけりゃわからなかったことでした。
そういうことが僅か乍らわかったこと。
それが唯一、「つづけた」ことへの冥加でありましょうか。


まる六年のきょうなのに“五”障のことばっか書いていて。だったらまる五年だった去年に書きゃあよかったじゃ無えかとおもわないでもありませんが。とりあえず縁起担ぎと数字合わせを兼ねてタイトルには「六」を入れてみました。「六合」とは宇宙のことです。


りく・ごう【六合】
天地と四方。
上下四方。
また、天下。世界。全宇宙。六極(りっきょく)。

liuhe【六合】
上(天)・下(地)・東・西・南・北の六つの空間。
(広く)天下;宇宙



47歳と37歳にあるその先。
深深と藍ばかり湛えた宇宙の中の、取り留めもつかぬような遙かな果て。
32歳と22歳が嘗て身を置いていた現実と、47歳と37歳がいま身を置いている現実が、五障の雲晴れた先の何処かでふたたびつながることも、あったりするのでしょうか。
あったらいいとおもいますし、六年前に私がかんがえていたのとはまったくちがうかたちで、それが2015年の新しい現実になっているんじゃないか、ともおもいます。



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2001─2015



※引用は『精選版日本国語大辞典』『大辞泉』『中日辞典』(すべて小学館)、パーム20『愛でなく VI』(獸木野生/新書館)による。

| 23:04 | 藍迷。 | comments(4) | - |
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こちらでも改めましておめでとうございます。

忙しい合間を縫っての更新は大変だと思いますが、大好きな明星の事を書くのは気分高揚で、疲れも吹き飛ぶ>のは私の場合ですが、レッドさんもそんな気分ではないかと勝手に思っています。(笑)

今日の中華ニュースで、10歳以下の子供を商品広告に起用することが禁止される事が決まったと言うのを見つけ、
康康や諾一がこれで当分CMに起用される事が無くなったのが寂しいけど、安堵感も有ります。
大陸での2人の人気はきっと凄いと思うので、このままじゃ大丈夫かな〜と老婆心ながら心配していました。
子役のうちに人気者になり過ぎると大成しない俳優さんを多く見て来たので、
2人は本当に魅力的なので、ちゃんとイイ感じの大人になってから自分の進む道を決めて欲しいのです。
きっとお父さん達をお手本に、更にお父さん達を軽く超えていく気がします。
老後の楽しみです。(生きているか自信はありませんが 爆)
posted by usako | 2015/08/29 7:40 PM |
41歳と31歳だった胡軍さんとリウイエさんが47歳と37歳になるあいだの六年!
六年前というと、康康くんが一歳を迎えるちょっと前なんですねえ。んで、諾一くんはこいぬ星から地球に向かう準備をはぢめているころかしら(おい・笑)。

>「真如の月」
…おおおぅ!「月」と言われてまっさきに思い浮かんだのが、『ぱぱ話』(リウイエさんが参加できなかった時のヤツです)でのお仔ズらの名前の由来…
康康くんの「皓月当空 平安健康」でした。
…なんだか偶然のような必然のような(笑)。これもひとつの縁のような(笑)。

>「六合」とは宇宙のことです
…その宇宙は「藍色」なんでしょうか(笑)。
やっぱりまだまだ「その先」が続きそう♪

7年目突入おめでとうございます!
これからもぜひ!よろしくお願いいたします〜♪(^^)v
posted by カエル | 2015/08/29 10:36 PM |
>usakoさん

ありがとうございます。
昨夜の『美の巨人たち』が東山魁夷の「道」を取り上げていて、それを観ていたら北原白秋の大好きな詩「落葉松」を思い出しました。

「からまつの林の奥も わが通る道はありけり。」

魁夷の「道」も白秋の「落葉松」も、さまざまなことを考えさせられます。

ブログというものは勿論、その向こうに読んでくださる方たちがいらっしゃるわけですが、やはり第一には「自分のため」に書く場なのだと思っています。
自分が楽しいと思うことを書くことによって、書いている自分がもっと楽しくなる。
書き始めるとごはん食べなかったり睡眠時間が短くなったりしても全然平気。
というのも子どもの頃からの気性です。三つ子の魂のまま、つづけられるところまで、つづけていければと思います。

お書きになっているニュース、私も読みました。
おとうさんふたりが些か特殊な関係(笑)ということもあるんでしょうが、康康や諾一の一挙一動を追っかける過熱っぷりは、私もちょっとどうなんだという気がしていました(といいつつこの記事にもお写真載せたりしていますが・笑)。

どういう道に進むにせよ、良い意味で、「笛吹けども(易々と)踊らず」でいてほしいと思います。
子どもら以前に、まず彼らを保護する立場の人たちが。
posted by レッド | 2015/08/30 9:06 AM |
>カエルさん

康康が生まれた2008年11月11日の10日前、11月1日に、『レッドクリフPart I』が日本で公開されています。

胡軍さんが来日したのは2009年8月3日。
黄色い声を浴びてサングラスをすちゃっ!とかやったりなすっていたとき、北京にいた康康はまだ9ヵ月のあかごだったのだなあ……。
あのときは、康康の存在すら知りませんでした。
それがいまじゃあんなクールなちびあにきに(笑)。

「皓」という字は漢和辞典によれば「しろい」「しろく輝くさま」。
月や星についても使われますが、もとは、日が出て空が白むさまをあらわす字だそうです。
劉さんの「」は火または日の光。美しく輝くさま。
趣は違えど、なにがしか通じ合うものがあるような。
そういうことを踏まえての名づけなのかなあ。

毎度そんなふうに穿ったことを考えながらこの六年を過ごしてまいりました。
いろんなことがありましたが、間違い無く今年はひとつの節目(私にとっても、彼らにとっても)だと思います。
そんな節目のときにまだこのブログを続けていられたことが、ちっちゃく嬉しかったりします。
七年目も、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by レッド | 2015/09/01 9:34 AM |
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