蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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永遠なんていらないから。──『米尼/Mini』




海南出身の米尼は、幼い頃から曲芸の訓練を受けた上海雑技団の一員。両親はおらず叔父の家に居候している彼女は、いつか素敵な恋が訪れる事を夢見ている女の子だ。阿康はDVDショップの店員。“なるようになる”と生きる若者だ。厳しい母に育てられた阿康は、その反動で、社会に適応している人を軽蔑していた。そんな2人が偶然出会い、恋に落ちる。だが、あまりにも違う価値観の中で、彼らは戸惑い始めるが…。



「中国映画祭2007」のオープニング作品として日本公開されたときには、『恋するふたり』という邦題だったそうだ。

いやまあ確かに「恋するふたり」以外のなにものをも描いていないのは事実なんだが。だからといって「恋するふたり」で安易に済ませて良いものだろうか──などといまさら私が悔やんだって仕方が無い話なんだが。
ていうかむしろ『藍宇』のあの悪評芬々たる邦題が、それでも『恋するふたり』じゃなかったのが不幸中の幸いと、言祝ぐべきなのか。ともあれこの数日というもの『藍宇』を観ては『米尼』を観てそしてまた『藍宇』に戻って『米尼』に手を伸ばす、みたいなループ。病んでいる。またしても。


映画が始まって、米尼(李心潔/アンジェリカ・リー)と阿康(劉燁)があらわれた刹那。
ああこのふたりのうちのどちらかはきっと、終幕までに命を落としてしまうんだろうな、とあっさり直感できてしまった。





物語の底が浅いということでは無くて。米尼と阿康、どちらも避け難い死と破滅を纏いつかせてそこにあり、それが手にとるようにわかる。「なるようになる」という阿康の生き方がすべてを象徴している。「潔い」という美しさなどとはほど遠い。そちらに行ったらだめということがわかっていながら「だめ」を選択し、躊躇いつつも半ば嬉々として足を踏みだし、その結果着実にだめになってゆく阿康と米尼のノーフューチャーななりゆきはやはり、

「なるようになっちゃったね」

と見切るしか無いようなものだ。
しかしそれこそが「恋するふたり」としてのもっとも正しい姿なのかも知れないと、ちょっと思ったりもした。その果てに希望や未来の待つ恋路などそもそも初手から求めちゃいないのだから私は。



劉燁はかくべつ頭抜けた仕事をしているようにはみえないのだけれど、キレキャラ的な外連を一切見せないことで逆にひんやりとした抜き身のような凄味が勝っている。DVD屋の店員を生業とするいっぽうで阿康は常習的な掏摸でもあり、でもそれは「他人の人生を指先で盗みとる」という快感をあじわうためにしていることで、ああそういうなめた真似してるといつか痛い目見るんだろうにと、思ってるそばからやっぱり痛い目を見て刑務所にぶち込まれる。そこで馴染んだ黒社会の顔役(その名も「黒哥」)に、出所後、筋者の世界に引きずり込まれる。





見馴れたVシネ展開で、そしていかにも似合わなさそうな役どころなのに、実際身に付いていないところも随所に見受けられるのに、それでも劉燁はすごく佳い。白いドレスシャツにダークスーツという崩れたなりが美しい。筋者と堅気、まだどっちにも転べそうでいてしかしもうあと戻りの利かない、どうしようもないあの感じ。惚れた女にいい暮らしをさせてやりたいという大義名分で飾らなければ到底腹の据わらないあの感じ。虚無と純情が綯い交ぜになった眸をしてふんわりとそこにいる、あの感じ。一寸も見飽きない。そういうものの極北が言ってみれば藍宇なわけだけど、藍宇には無かった阿康の一個の牡としての性的な佇まいに煩悩貫かれた。劉燁自身ヘヴィースモーカーらしいけど煙草の吸い方とかそうとう堂に入ってるし。






あと尻を触ったりだとか乳をもんだりだとか舐めたりとか吸ったりとか咬んだりとか、なにかといけないこととか。





そういえば女とのまともなキスシーンて観たことが無かった。このひとのキスはなんつか、欲しいものを欲しいと口に出せないまま目で訴えてしなだれかかってくみたいな感じだなあ。くちびるの質感が気持ちよさそう。
『藍宇』のときは相手が兄貴だったし、そして多分に演技力の賜物で以てあんなにかわいらしく見えたのだろうが、やっぱりこのひとでかいわ。自分アンジェリカ・リーとほぼ同身長なものでよけい劉燁のでかさってもんをしみじみ体感。


『藍宇』ほど良く出来た映画というわけではないし、生硬過ぎて気恥ずかしくなるところとかもあるし、重たい読後感を残すわけでもなく、むしろ何んにも残らないのじゃないか、という気もする。その何んにも無さがかえって美しい廃墟みたいで、青みがかった上海の猥雑のなかで、塵埃に塗れ咲く小さな花をみつけたような気持ちになる。だめになることをうすうす予感していながらも阿康から離れられない米尼。藍宇とはまたちがうかたちで阿康は、「蟻地獄の底から愛する相手をみあげる天使」なのだった。期せずして誘惑者としてこの世にあらざるをえないという約束。奇しくも劇中、阿康の口から零れた「天使(tianshi)」という言葉。いつかたしかにみたのにもう思い出せない夢のような、あまったるく舌足らずなその抑揚に抉られる。





| 16:27 | 電影感想文。 | comments(4) | trackbacks(0) |
Comment








こ、恋するふたりですか!? どひゃー
すんごいベタな邦題で日本公開されてたんですね。

レッドさんの文章に深く感銘・・・
思わずノーパソ掴んでガクガク揺らしちまいました。

わけのわからん肉の串刺しを大量に食わせた後のチューで
唇をちャっちゃっ言わせながら辛子味がするって
笑った顔。

藍宇が指ファインダー越しに「笑って」と言った
あの愛らしい笑顔なんですよね・・・
posted by みっこみこ | 2009/11/27 12:54 AM |
素敵な感想。堪能いたしました。

『米尼』は動画共有サイトでつまみ食いしていたのですが、どうにもこうにも恥ずかしくて…冷や汗かいて、目を覆った指の隙間からのぞき見するにとどまっていました。が、
「あの恥ずかしさは、こういうことだったのか」
と今日のレッド様の文章を拝読して納得。

私は “劉燁” に墜ちて日が浅いので、何をみてもまだまだ『藍宇その後』になっちゃうんですよね。だから、その藍宇が『一個の牡』になっちゃうなんてヒヤヒヤして観てらんない。おねぇさんはそんなこと許しませんからねっ!!

ああ、でも「これは、キチンと正座して観るしかあんめぇ」
と腹をくくってぽちってみました。
posted by みつむし | 2009/11/27 2:01 AM |
>みっこみこさん
『情熱の嵐』にしろ『恋するふたり』にしろ、なんでこうも迂闊に80年代的センスになってしまうのだろう……とおもわず遠くをみつめてしまいます(笑)。

>藍宇が指ファインダー越しに「笑って」と言ったあの愛らしい笑顔

うわぁん。
そうなんですよ。偶さか見せる笑顔が藍宇なんですよね阿康。阿康のくせに(笑)。上海の街を、米尼を乗せて自転車で走る場面なんか『恋の風景』の小烈かと思いました。みためBボーイ臭いのに(しかし似合っとりません)あの笑顔の落差はあまりにも卑怯!

いやぁでも、リコメンドありがとうございました。若干待たされましたけど、わざわざお取り寄せした甲斐がありました。
『コネクテッド』は来年めでたく日本版発売が決まりましたが、こういう作品見せられちゃうと、日本版だけじゃやはりますます満足出来なくなってしまいますねえ……(病)。
posted by レッド | 2009/11/27 11:13 AM |
>みつむしさん
北村一輝というえろモンスターのファンを長年やっております関係でAVすれすれの性愛シーンなぞ屁でもねえ私なのですが、『米尼』の劉燁のそれは北村には遠く及ばないにせよ(すいません)なにせやはり「藍宇その後」のクチですので、
「嗚呼、はづかしひ。不可ませんよ、そのやうなおいたをなすつちや」
と、おもわずたしなめたくなる始末です(笑)。

藍宇はかわいらしくてなまめかしいけど、阿康は、欲望がきっちり肉体的な形を取る牡の生理に忠実といいますか。フェロモン出てますねえ。
正座して、指の隙間からごらんくださいませ〜(笑)。
posted by レッド | 2009/11/27 11:46 AM |
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