蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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ラヴィアンローズ。──『藍宇』其の三
『藍宇』の時代。
つまり1988年から1990年代初頭のころにかけてのことですが、陳捍東と同世代の私が浴びるように飲んでいた酒は、バーボンでした。


そりゃ日本酒もワインもばかすか飲んだけど、なにしろぬきんでてバーボンばっか飲んでいた。
ハーパーとか四つ薔薇とかターキーとか。
エズラ・ブルックス(すごくおいしい)とかメイカーズ・マークとか。
一晩で一本空いてしまうというのも普通だった。

なんであたしは、あんなにバーボンばっか飲んでいたものだろうか。
バブル東京の空気として、「日常的にバーボンを飲む」ってのがかっこよかったんでしょうか。いまとなっては思い出せない。バーボンもぜんぜん飲まなくなっちゃった。


お酒が好きなものですから、映画の登場人物がどんな酒をどんなふうに飲んでいるか、ということが気になります。
『藍宇』の場合、陳捍東がどんな酒を飲んでいたかといえば黒ラベル。赤がまずいから黒に取り替えろとか、遊戯場のウエイターさんに文句言ったりしてた。あとギネスのエクストラスタウト(たぶん)も飲んでました「北欧」で。黒ラベルに黒ビール。わかりやすくマッチョな選択です。がしかし。

陳先生也喜歓喝紅酒嗎?


黒木瞳似のえくぼ美人にそんなふうに誘われてしまったら、やっぱりくらくらしちゃうものなんでしょうか。
あんなに健気であいらしい(そして間違い無くベッドではえろかわいい)藍宇がいるってのに、なにを考えてんでしょうかこのおっさんは。

ちょっとそこ座れ。

と、小一時間説教をかましたくなるくらい、「陳捍東とワイン」ってのはすいませんが、気の毒なほど似合っていません。だってそもそもワインなんかそんなに好きじゃないんだろうしこのひと。だから自分から誘ったくせに店の名前すらうろ覚えで、

La vie en rose(バラ色の人生)

という店名は件の美女、林静平(リン・ジンピン)のセクシーなくちびるから発せられる。


僅か3年で破局することになる、陳捍東と林静平の「バラ色の」未来。
ふたりの初デートの舞台となるこの仏蘭西料理店の名前には、それを見透かした皮肉、いえ、いっそ悪意のようなものがこめられている。


『藍宇』という映画はそんなふうに、ときどき比類無く皮肉で意地悪になる。
「せつなくてかわいらしい純愛映画」では済まされない剣呑さ、暗い諦観、仄かな嘲笑のようなものが物語を過ぎる。
だから私はここまで病んでしまうんですけれども。


林静平は、女であるというだけで、この物語世界から徹底的に疎外されている。
原作での彼女は、婚約者にあろうことか男の情人がいると知り、その恋敵(=藍宇)の勤める会社に匿名で、
「あの子は男相手に体を売っています」
という中傷FAXを送りつけ彼を事実上の解雇に至らしめるという、大映ドラマの悪役みたいなことをやらかします。


私は林静平と同じ性ですが、ほぼ全面的に共感する対象は男性である藍宇のほう。
とはいえ所謂BLにおいて、女性の作者が描写する受の男を純粋な男性として捉えるのはやはり無理がある。だから藍宇は「女」として見るほうが自然なのかも知れないし、そういう意味では静平と藍宇は、女性というものが持つ陰陽の象徴と言っても良いのかも知れない。

しかし映画での林静平は、いたっていなくったってどっちだって良いような存在、ただの「女」という顔の無い記号にまで、貶められています。
せめて捍東との結婚生活がきっちり描かれていれば──いえ、それは実際に撮影もされていたのに、本編からは削除されてしまいました(メイキング『藍色宇宙』でちょっとだけ見ることができます)。

どうしてここでは、こんなにも「女」がないがしろなんでしょう。

映画のなかで林静平があまりにも都合良く消去され棄て去られてかえりみられないことについて、その徹底した捍東と藍宇の「閉じ方」について、藍宇にどっぷり共感しながらも、やはり些かの違和を覚えずにはいられない。


そんな林静平が、ささやかに、意地悪く、自己主張をする場面があります。
「北欧」で、捍東が藍宇に、結婚することを打ち明けるところ。
フロアテーブルの上に、赤ワインのボトルとそれを満たしたワイングラスが載っている。
黒ラベルとかギネスとか、そういう男系の酒しか口にしなかった捍東が、藍宇と暮らす「北欧」にワインを持ち込んでいる。
藍宇はとても敏い子なので、ただそれだけでふたりのあいだに入り込んできた「女」の存在に気づき、捍東の告白を待つ迄も無く、酷く傷ついてしまったのにちがいない。
だから藍宇はワインを口にしない。
グラスは捍東の前にひとつきり。


シナリオではこのとき捍東が飲んでいる酒を「白酒(baijiu=蒸留酒)」と指定していました。
それを赤ワインに変更したのは、たぶん監督なんでしょう。
うしろめたさを取り繕うために、虚しく言葉を継ぐ捍東。
自分を捨てようとする男をみつめる藍宇の浅い呼吸。
そして静まりかえった瑠璃の底の紅が、そこにいない女=林静平の冷笑を、ひっそりと映しだす。


やっぱりこの映画のこの比類無き意地悪さってものがだいすき。


あ。
のちに捍東が転がりこむ藍宇の部屋では、台所のレトロな冷蔵庫のなかに、ちゃんとギネスが入っていました。こういう芸の細かさもすんげえだいすき。
捍東と藍宇が「ふたり」という美しい閉塞を完遂したこの部屋において、ワインというものが飲まれることは、絶えて無かったのじゃないか、と思います。




 そんなこと書きつつ赤ワイン。
| 11:17 | 藍迷。 | comments(2) | - |
Comment








レッド様

こんばんは。先日本宅にお邪魔しましたみつむしでございます。

>みつむしさんの想いも、是非ともうかがいたいです。
>書き連ねてくださることを切望いたします。

というお言葉に図々しくも気をよくして、拙宅も普請いたしました。
文章を生業とされている方にご紹介するのは本当に本当に恥ずかしいのですが、ぜひともこの気持ちを分かち合いたく…。

レッド様の文章はいちいち私のツボで、絶対影響を受けていそうでますます恥ずかしい!!生暖かく見守ってください。

『えろかわいい』なんて的確な言葉でしょう。感激しました(ヘンタイ)!!
いずれどこかで使わせていただきたく存じます。

あ。本宅、妾宅ともリンクをさせていただいてよろしいでしょうか?
posted by みつむし | 2009/10/03 1:19 AM |
>みつむしさん
こちらにもいらしてくださって、嬉しいです。ありがとうございます。

そして、やはりお書きになってくださるんですね(笑)。
煽った甲斐がございました。

そもそも自分がこんな裏座敷を増築したのも、

『藍宇』についてのレヴュー死ぬほど読みたいのに、「自分の読みたいレヴュー」が意外なほど少ない→だったら自分で書いちまえ!

という衝動からでした。
というか、「書く」という行為でアウトプットしない限り、自分で自分を身喰いするような事になりそうで、ちょっと怖かったのでした。

そのぐらい、この作品は麻薬なんだと思います。
ご一緒に、溺れましょう(笑)。


リンクの件ありがとうございます。
こちらからと、あと本宅からも、みつむしさんの御宅にリンク貼らせていただきますね。のちほどゆっくりお邪魔します。
今後とも、どうぞよろしくお願い致します。
posted by レッド | 2009/10/03 2:06 AM |
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