翻るエロス。──『イップ・マン』@TIFF2010・アジアの風 生誕70年記念〜ブルース・リーから未来へ
2010.10.30 Saturday
直近で自分がやりたいことは以下のふたつです。
其の壱・長袍(チャンパオ)作る。
其の弐・詠春拳習う。
もうおわかりかと思いますが。
だって昨日、『イップ・マン(葉問)』観ちゃったんですもん。
ばかでどうもすみません。
生まれついての与太郎で、感銘と影響はひと一倍受けやすいたちなもんですから。
「アジアの風」スタッフ様が、
「今年、もっともチケットが取りにくかったプログラムのひとつです。今日ここにいらしているお客様はほんとうにラッキーかと思います」
と挨拶されていました。
おっしゃるとおりでした。
10月29日、TOHOシネマズ六本木ヒルズで12時から『イップ・マン 序章(原題:葉問)』、15時から『イップ・マン 葉問(原題:葉問2)』、続けて鑑賞して、その幸運を噛み締めました。DVDお取り寄せしようかどうしようかずっと迷ってた作品でしたが、これは最初にスクリーンで観られてほんとに良かったです。映画の神様ありがとうございます。
『イップ・マン 序章』
詠春拳という拳法は清代に「厳詠春」という女性が創始したといわれています。もとより伝承上のことですが、映画でイップ・マンが披露する手技は非常に繊細な印象で(どうかするとエレガントですらあって)、自分が南拳というものに抱いていた男性的かつ豪宕なイメージとは随分異なっていました。映画のなかでも小柄で細身でぜんぜん強そうにみえないイップ師匠を侮った挑戦者に、「所詮、女が始めた拳法だからな」などと嘲笑されたりもします。実際、詠春拳の映像を観ればやはりクソ地味で、跳んだり蹴ったりといった見た目にわかりやすく派手な動きはほとんどありません。徹底した実用重視、攻守を同時に行う手技の合理性と無駄の無いシンプルさは、確かにある面、女性的といえるかも知れません。しかし陰陽合一ということから考えれば、男性的・女性的といったイメージで武術を語ることそのものに意味が無いようにも思います。
序章においてはイップ師匠はお金持ちの旦那様で、大きなお屋敷で豪華な調度品に囲まれて、優雅な暮らしをしています。イップ師匠より背の高い美人妻とかわいい子どももいます。他派の師匠と対戦して打ち負かしたり、荒くれものの道場破りのおにいちゃん(ワイルド&セクシーダイナマイツな樊少皇さんです!!!)をこてんぱんにやっつけたり、町のひとに尊敬されたり慕われたり、「イップ師匠はおらが町の誇りですだ!」みたいな感じで道歩いてるだけでいろんなものをタダでもらってしまったりする、それなりに平和な毎日です。
その平和を台無しにするのが日本軍。
日本軍がいきなりやってきていろいろと無体な真似をしたせいで、佛山の町は荒れ果ててしまいます。
このあたりの描写について、「日本人として、観ていていたたまれない」というご感想をいくつか拝読しました。でも、自分の感覚ではそれは「フィクションとしての無体」「ステレオタイプの悪役」の域を出ることは無かったように思います。実際は遥かに酷かったろうということは簡単に想像がつきます。この映画では「実際の日本軍の無体」というものに踏み込んではおらず、また、そういうことを描くのがテーマの映画でもありません。「日本軍」の役割は「ステレオタイプの悪役にわかりやすく終始すること」で、そのほとんどをほぼひとりで担っていたのが、イップ師匠と対決する空手家の将校・三浦(池内博之)の副官・佐藤でした。強い者にこびへつらい弱い者を苛め倒す、小心者で卑怯きわまりない、漫画的なこの悪役を演じているのは渋谷天馬(しぶや・てんま)さん。中国で活動する日本人の役者さんです。
渋谷さんのブログによれば、佐藤が殴られるシーンでは拍手が起きたり、観客の興奮ぶりを見た監督から「(危ないから)劇場へは行かないほうがいい」と止められたりしたそうです。
とはいえ時代もあるのでしょうか、闇雲に日本を悪役扱いはせず、武術を志す者としてイップ師匠を重んじ、正々堂々と渡り合おうとする三浦と、中国人を徒に搾取・殺戮することに快感を覚えているかのような佐藤、そのペア=「日本」です、みたいな感じになっています。
そういう描き方ですから、同胞が無体な真似をして申し訳ありませんでしたと心のなかで手を合わせるいっぽうで、同胞をぼこぼこにするイップ師匠に思いきり感情移入して応援していたり。そこらへんはさしたる矛盾も感じずに観てしまいました。そういうとこで躓いてめそめそしてるお話でも無いし。
そもそもそういうとこで躓いてる場合じゃないくらい、甄子丹(ドニー・イェン)のイップ師匠が素敵だったという話です。
「健将」(中国の下着ブランド)のセクシー広告などで拝見するあのお身体はいったいどこに隠れているのかしらと思うくらい、イップ師匠のドニーさんはすんなりほっそり、華奢で美しいです。しなやかで穏やかで静謐で、荒々しいところが微塵もありません。「守ってあげたい……」とか、うっかり思ってしまいます。お金持ちの旦那様で裕福な生活をしていたころよりも、日本軍がやってきてお屋敷を接収され、一家三人、食うやくわずの貧乏暮らしに零落れてからのイップ師匠のほうが俄然素敵です。日銭稼ぐため石炭運びの肉体労働に志願して、でも肉体労働には明らかに向かない長袍着たままで現場行っちゃったり。じつはちょっと天然さんなのでしょうか師匠? 上品な長袍姿で粉塵に塗れて石炭を運ぶイップ師匠が、昼食にもらったイモを、妻子にあげるために食べずにこっそり隠して持って帰ろうとするイップ師匠が、ああなんていじらしい……。
とか涙に暮れていますと、打って変わって武闘シーンでは呆れるほどに凄まじいパワーとスピードで敵をぶち倒してゆくイップ師匠。
弱っちいとか女みたいだとかばかにしていたマッチョ野郎どもが、そんな弱っちそうなイップ師匠にぼこぼこにされ、価値観崩壊した挙げ句悉くイップ師匠の足元に跪き、熱烈な信奉者に変わってしまう。そんななりゆきが、わかっちゃいるけど痛快です。遮那王と弁慶の五条橋の出逢いのエピソードなどもちょっとよぎったりして。そういうなりゆきを痛快と感じるのはやはり自分が女性だからだろうか、ともちょっと思ったりして。
『イップ・マン 葉問』
序章の悪役は日本でしたが、こっちでは香港を統治する「英国」です。
本来は自分たちのものである土地に外から勝手にやってきて、蹂躙の限りを尽くすわるいやつら。そのわるいやつらに虐げられ搾取され、理不尽な目に遭わされても我慢に我慢を重ね、その挙げ句にとうとう堪忍袋の緒が切れて大反撃→正義(=中国人)は勝つというとてもわかりやすい、というかもうこれはこうした映画の伝統芸な流れですね。
これもまたそうした伝統芸の上にのっかっていて、物語的には手垢のついた手法ですが、なにしろ圧倒的な肉体というものが前提にあるので手垢のついた伝統芸でも良しというか、「そういう前提があってはじめて伝統芸って気持ち良くなるんだなあ」といいますか。
序章の三浦に対するラスボスは英国人ボクサーのツイスター。みるからに下品であぶらぎった肉食獣的佇まいで、こんなお下劣野郎にあの春風にそよぐ野の花のような(笑)イップ師匠がどんな戦いを挑まれるのか、そしてどういうふうにぼこぼこにしてくださるのか、序章を経験した私のお楽しみは既にそこだけです。
でも、そこに辿り着くまでのああだこうだももちろんいちいち素敵です。
序章ではイップ師匠に楯突いていた、武術家というよりも山賊の頭目みたいだったカムさん(樊少皇さん)が、
こっちでは香港へ渡って、山賊じゃなくて魚市場で働くイキのいいおにいちゃんになって出てきます。
全身が映るとずぼんの丈がくるぶしのかなり上ぐらいで、つんつるてん加減がとってもチャーミングな樊少皇さんです。
イップ師匠とのバトルで片方の耳の聴力を失ってしまったというのに、再会したカムさんはイップ師匠にめろめろです。
ていうかこれ、出てくる野郎という野郎が全員イップ師匠にめろめろになってしまう映画でした極言すれば。
いやそれもむべなるかな。
せっかく弟子が集まっても稽古代をちゃんと徴収できなくて(育ちが良いのでお金方面は鷹揚に出来ている師匠)あいかわらずの貧乏暮らしだったり、脳に障害を負って路上生活者になってしまった大恩ある親友(任達華)のめんどうをみたり、いつのまにか嫁がちゃっかり第二子を妊娠していたり。
「ああ、単なる武術馬鹿じゃなくてちゃんと日々の生活をこなしているひとなのだな」
という感じで、そのごく普通の中年男性の生活感と命ぎりぎりな武闘場面の落差がまたいろっぽくて、じつに素敵なのです。手垢のついた伝統芸なお話運びでも、膝の上でぎゅっとこぶし握りしめて前のめりで観れてしまうのは、ひとえに主人公イップ・マンが魅力的な人物だからなのです。
武闘場面においてですが、「寸止め」というのがしばしば出てきます。とどめをさすまでもない相手、己より明らかに技倆の劣る相手に対して、打撃の力を弱めたり、余裕で突ける急所を瞬時に外したり、倒れ込む相手のダメージが少なくて済むようにすっと手を差し伸べたり、イップ師匠はそういう気遣いをみせます。彼がそうした気遣いを忘れるのは敵と見なした相手に向かうときのみ。こぶしが傷ついて血が滲むまで打撃をやめない。自分の愛するものを蹂躙した相手への憎悪という感情以上に、武術家としての野性というか反射神経というか、そういうものが理性ではとめられない暴走をしているような感じもありました。
たとえば対ツイスター戦において、イップ師匠の蹴りをくらってツイスターが負けそうになり、やばいと思った英国人側が「蹴り禁止。蹴ったら失格」という卑怯なルールを一方的に決めてしまうところ。その直後におもわずまた蹴りを繰り出してしまうのですねイップ師匠が。頭じゃわかっていても、肉体を支配する野性はそうやすやすと従ってくれない。鍛錬された肉体ってそういうふうに動いてしまうものなんだなあと。もう一度やったら失格だと警告されて我に返るイップ師匠の表情がなんかちょっとさびしいような感じで、ひどく印象的でした。ああ私もイップ師匠にめろめろです……。
(参考:ウィキペディア「詠春拳」)
●公式サイトはこちら。
『葉問』→■
『葉問2』→■
さて。
タイトルの「翻るエロス」の件ですが。
なにがエロスかといえばもちろん「長袍」が、です。
イップ師匠は佛山時代も香港に渡ってからも長袍をよくお召しになっています。
長袍のままで闘う場面も出てきます。
それをみているとつくづく長袍というのは武闘のためにある衣装じゃないでしょうかと思ったりします。スリットの深く入った裾が激しく鋭い肉体の動きに連動して、風を孕んでうるわしく翻るさま、そのエレガントなことといったら……。
先日観た『ボディガード&アサシンズ』で、劉公子(黎明)が長袍を纏い鉄扇を携えて登場する場面でお客さんから失笑が漏れたりしていましたが、確かにまんなかわけのロン毛は黎明にはあまりに似合っていないと思いますが長袍はかっこいいじゃないかっ! と、笑ったやつの胸ぐらつかみたい気分でした。事ほど左様に「長袍のえろーす」については正気を失ってしまう私です。
私は太極拳をのべ12年ばかし稽古していまして、長袍着て稽古してみたいですよ願望もこっそり人並み以上なのですが、自分がやってるようなのんびりまったりした動きの拳式にはあの衣装はまったく映えないんですね。
だってやっぱり裾が翻ってくれないと!!
イップ師匠のエレガントすぎる長袍マスターっぷりを拝見していて、
「おめえが長袍着るのは100年早いわ」
と、自分をつっこんでしまいました。
でもやっぱり作りたい。
作ったからには着てみたい。
業病です。
『イップ・マン 葉問』は2011年1月22日(土)より新宿武蔵野館にてロードショーが決定しています。昨日帰りがけにいただいたフライヤーにこんな告知が。
「5,000人」て。なかなかびみょうな数字設定ですが。とりあえず序章から通しで観ないとつまんないしイップ師匠の魅力も半減ですので、がんばって達成させたいです。自分は最低5回ぐらいは行くかもしれません。前売券にはこんなおまけもありますよ。
ただでさえチャーミングなイップ師匠をキューピー化。そんなみえみえの餌にみすみす釣られる自分がかなしい……。
1930年代の中国広東省佛山。武術館の師範との戦いに勝ったイップ・マンは、町一番の武術家として知られるようになる。しかし栄華は長く続かなかった。38年に日中戦争が勃発。1年もたたぬうちに佛山は日本軍の占領下となる。日本兵たちに武術を教えることを拒否したイップ・マンは誇りをかけ何度も戦うことになり、空手の名手である日本軍将校三浦と生死をかけた対決をする。
詠春拳という拳法は清代に「厳詠春」という女性が創始したといわれています。もとより伝承上のことですが、映画でイップ・マンが披露する手技は非常に繊細な印象で(どうかするとエレガントですらあって)、自分が南拳というものに抱いていた男性的かつ豪宕なイメージとは随分異なっていました。映画のなかでも小柄で細身でぜんぜん強そうにみえないイップ師匠を侮った挑戦者に、「所詮、女が始めた拳法だからな」などと嘲笑されたりもします。実際、詠春拳の映像を観ればやはりクソ地味で、跳んだり蹴ったりといった見た目にわかりやすく派手な動きはほとんどありません。徹底した実用重視、攻守を同時に行う手技の合理性と無駄の無いシンプルさは、確かにある面、女性的といえるかも知れません。しかし陰陽合一ということから考えれば、男性的・女性的といったイメージで武術を語ることそのものに意味が無いようにも思います。
序章においてはイップ師匠はお金持ちの旦那様で、大きなお屋敷で豪華な調度品に囲まれて、優雅な暮らしをしています。イップ師匠より背の高い美人妻とかわいい子どももいます。他派の師匠と対戦して打ち負かしたり、荒くれものの道場破りのおにいちゃん(ワイルド&セクシーダイナマイツな樊少皇さんです!!!)をこてんぱんにやっつけたり、町のひとに尊敬されたり慕われたり、「イップ師匠はおらが町の誇りですだ!」みたいな感じで道歩いてるだけでいろんなものをタダでもらってしまったりする、それなりに平和な毎日です。
その平和を台無しにするのが日本軍。
日本軍がいきなりやってきていろいろと無体な真似をしたせいで、佛山の町は荒れ果ててしまいます。
このあたりの描写について、「日本人として、観ていていたたまれない」というご感想をいくつか拝読しました。でも、自分の感覚ではそれは「フィクションとしての無体」「ステレオタイプの悪役」の域を出ることは無かったように思います。実際は遥かに酷かったろうということは簡単に想像がつきます。この映画では「実際の日本軍の無体」というものに踏み込んではおらず、また、そういうことを描くのがテーマの映画でもありません。「日本軍」の役割は「ステレオタイプの悪役にわかりやすく終始すること」で、そのほとんどをほぼひとりで担っていたのが、イップ師匠と対決する空手家の将校・三浦(池内博之)の副官・佐藤でした。強い者にこびへつらい弱い者を苛め倒す、小心者で卑怯きわまりない、漫画的なこの悪役を演じているのは渋谷天馬(しぶや・てんま)さん。中国で活動する日本人の役者さんです。
渋谷さんのブログによれば、佐藤が殴られるシーンでは拍手が起きたり、観客の興奮ぶりを見た監督から「(危ないから)劇場へは行かないほうがいい」と止められたりしたそうです。
とはいえ時代もあるのでしょうか、闇雲に日本を悪役扱いはせず、武術を志す者としてイップ師匠を重んじ、正々堂々と渡り合おうとする三浦と、中国人を徒に搾取・殺戮することに快感を覚えているかのような佐藤、そのペア=「日本」です、みたいな感じになっています。
そういう描き方ですから、同胞が無体な真似をして申し訳ありませんでしたと心のなかで手を合わせるいっぽうで、同胞をぼこぼこにするイップ師匠に思いきり感情移入して応援していたり。そこらへんはさしたる矛盾も感じずに観てしまいました。そういうとこで躓いてめそめそしてるお話でも無いし。
そもそもそういうとこで躓いてる場合じゃないくらい、甄子丹(ドニー・イェン)のイップ師匠が素敵だったという話です。
「健将」(中国の下着ブランド)のセクシー広告などで拝見するあのお身体はいったいどこに隠れているのかしらと思うくらい、イップ師匠のドニーさんはすんなりほっそり、華奢で美しいです。しなやかで穏やかで静謐で、荒々しいところが微塵もありません。「守ってあげたい……」とか、うっかり思ってしまいます。お金持ちの旦那様で裕福な生活をしていたころよりも、日本軍がやってきてお屋敷を接収され、一家三人、食うやくわずの貧乏暮らしに零落れてからのイップ師匠のほうが俄然素敵です。日銭稼ぐため石炭運びの肉体労働に志願して、でも肉体労働には明らかに向かない長袍着たままで現場行っちゃったり。じつはちょっと天然さんなのでしょうか師匠? 上品な長袍姿で粉塵に塗れて石炭を運ぶイップ師匠が、昼食にもらったイモを、妻子にあげるために食べずにこっそり隠して持って帰ろうとするイップ師匠が、ああなんていじらしい……。
とか涙に暮れていますと、打って変わって武闘シーンでは呆れるほどに凄まじいパワーとスピードで敵をぶち倒してゆくイップ師匠。
弱っちいとか女みたいだとかばかにしていたマッチョ野郎どもが、そんな弱っちそうなイップ師匠にぼこぼこにされ、価値観崩壊した挙げ句悉くイップ師匠の足元に跪き、熱烈な信奉者に変わってしまう。そんななりゆきが、わかっちゃいるけど痛快です。遮那王と弁慶の五条橋の出逢いのエピソードなどもちょっとよぎったりして。そういうなりゆきを痛快と感じるのはやはり自分が女性だからだろうか、ともちょっと思ったりして。
『イップ・マン 葉問』
日中戦争後、イップ・マン(葉問)と家族は佛山で苦しい生活をしていた。そのため彼らは1949年に香港に移住。イップ・マンはそこで詠春拳を広めたいと願っていた。ある新聞の編集長の好意で新聞社の一角で道場を開き、ウォン(黄)という若者がボクシング仲間を誘い弟子となる。様々な流派の道場主たちと対決を通じ、イップ・マンの名声は高まり多くの弟子が集まるようになる。そして56年、イップ・マンの道場に現れた若者ブルース・リー(李小龍)は、その時代のカンフーのスーパースターとなる運命を背負っていた。
序章の悪役は日本でしたが、こっちでは香港を統治する「英国」です。
本来は自分たちのものである土地に外から勝手にやってきて、蹂躙の限りを尽くすわるいやつら。そのわるいやつらに虐げられ搾取され、理不尽な目に遭わされても我慢に我慢を重ね、その挙げ句にとうとう堪忍袋の緒が切れて大反撃→正義(=中国人)は勝つというとてもわかりやすい、というかもうこれはこうした映画の伝統芸な流れですね。
これもまたそうした伝統芸の上にのっかっていて、物語的には手垢のついた手法ですが、なにしろ圧倒的な肉体というものが前提にあるので手垢のついた伝統芸でも良しというか、「そういう前提があってはじめて伝統芸って気持ち良くなるんだなあ」といいますか。
序章の三浦に対するラスボスは英国人ボクサーのツイスター。みるからに下品であぶらぎった肉食獣的佇まいで、こんなお下劣野郎にあの春風にそよぐ野の花のような(笑)イップ師匠がどんな戦いを挑まれるのか、そしてどういうふうにぼこぼこにしてくださるのか、序章を経験した私のお楽しみは既にそこだけです。
でも、そこに辿り着くまでのああだこうだももちろんいちいち素敵です。
序章ではイップ師匠に楯突いていた、武術家というよりも山賊の頭目みたいだったカムさん(樊少皇さん)が、
こっちでは香港へ渡って、山賊じゃなくて魚市場で働くイキのいいおにいちゃんになって出てきます。
全身が映るとずぼんの丈がくるぶしのかなり上ぐらいで、つんつるてん加減がとってもチャーミングな樊少皇さんです。
イップ師匠とのバトルで片方の耳の聴力を失ってしまったというのに、再会したカムさんはイップ師匠にめろめろです。
ていうかこれ、出てくる野郎という野郎が全員イップ師匠にめろめろになってしまう映画でした極言すれば。
いやそれもむべなるかな。
せっかく弟子が集まっても稽古代をちゃんと徴収できなくて(育ちが良いのでお金方面は鷹揚に出来ている師匠)あいかわらずの貧乏暮らしだったり、脳に障害を負って路上生活者になってしまった大恩ある親友(任達華)のめんどうをみたり、いつのまにか嫁がちゃっかり第二子を妊娠していたり。
「ああ、単なる武術馬鹿じゃなくてちゃんと日々の生活をこなしているひとなのだな」
という感じで、そのごく普通の中年男性の生活感と命ぎりぎりな武闘場面の落差がまたいろっぽくて、じつに素敵なのです。手垢のついた伝統芸なお話運びでも、膝の上でぎゅっとこぶし握りしめて前のめりで観れてしまうのは、ひとえに主人公イップ・マンが魅力的な人物だからなのです。
武闘場面においてですが、「寸止め」というのがしばしば出てきます。とどめをさすまでもない相手、己より明らかに技倆の劣る相手に対して、打撃の力を弱めたり、余裕で突ける急所を瞬時に外したり、倒れ込む相手のダメージが少なくて済むようにすっと手を差し伸べたり、イップ師匠はそういう気遣いをみせます。彼がそうした気遣いを忘れるのは敵と見なした相手に向かうときのみ。こぶしが傷ついて血が滲むまで打撃をやめない。自分の愛するものを蹂躙した相手への憎悪という感情以上に、武術家としての野性というか反射神経というか、そういうものが理性ではとめられない暴走をしているような感じもありました。
たとえば対ツイスター戦において、イップ師匠の蹴りをくらってツイスターが負けそうになり、やばいと思った英国人側が「蹴り禁止。蹴ったら失格」という卑怯なルールを一方的に決めてしまうところ。その直後におもわずまた蹴りを繰り出してしまうのですねイップ師匠が。頭じゃわかっていても、肉体を支配する野性はそうやすやすと従ってくれない。鍛錬された肉体ってそういうふうに動いてしまうものなんだなあと。もう一度やったら失格だと警告されて我に返るイップ師匠の表情がなんかちょっとさびしいような感じで、ひどく印象的でした。ああ私もイップ師匠にめろめろです……。
(参考:ウィキペディア「詠春拳」)
●公式サイトはこちら。
『葉問』→■
『葉問2』→■
さて。
タイトルの「翻るエロス」の件ですが。
なにがエロスかといえばもちろん「長袍」が、です。
イップ師匠は佛山時代も香港に渡ってからも長袍をよくお召しになっています。
長袍のままで闘う場面も出てきます。
それをみているとつくづく長袍というのは武闘のためにある衣装じゃないでしょうかと思ったりします。スリットの深く入った裾が激しく鋭い肉体の動きに連動して、風を孕んでうるわしく翻るさま、そのエレガントなことといったら……。
先日観た『ボディガード&アサシンズ』で、劉公子(黎明)が長袍を纏い鉄扇を携えて登場する場面でお客さんから失笑が漏れたりしていましたが、確かにまんなかわけのロン毛は黎明にはあまりに似合っていないと思いますが長袍はかっこいいじゃないかっ! と、笑ったやつの胸ぐらつかみたい気分でした。事ほど左様に「長袍のえろーす」については正気を失ってしまう私です。
私は太極拳をのべ12年ばかし稽古していまして、長袍着て稽古してみたいですよ願望もこっそり人並み以上なのですが、自分がやってるようなのんびりまったりした動きの拳式にはあの衣装はまったく映えないんですね。
だってやっぱり裾が翻ってくれないと!!
イップ師匠のエレガントすぎる長袍マスターっぷりを拝見していて、
「おめえが長袍着るのは100年早いわ」
と、自分をつっこんでしまいました。
でもやっぱり作りたい。
作ったからには着てみたい。
業病です。
『イップ・マン 葉問』は2011年1月22日(土)より新宿武蔵野館にてロードショーが決定しています。昨日帰りがけにいただいたフライヤーにこんな告知が。
「急告〜『イップ・マン 序章』公開熱望キャンペーン〜」
『イップ・マン 葉問』の動員が5,000人を超えたら『イップ・マン 序章』が公開されます!!
是非、『イップ・マン 葉問』を応援して下さい!!
「5,000人」て。なかなかびみょうな数字設定ですが。とりあえず序章から通しで観ないとつまんないしイップ師匠の魅力も半減ですので、がんばって達成させたいです。自分は最低5回ぐらいは行くかもしれません。前売券にはこんなおまけもありますよ。
劇場窓口にて前売券をお求めの方にプレゼント!
“イップ師匠キューピーまたはホン師匠キューピー”
ただでさえチャーミングなイップ師匠をキューピー化。そんなみえみえの餌にみすみす釣られる自分がかなしい……。