蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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可哀相な王子様。──『王妃の紋章/Curse of the Golden Flower』
本日は2009年9月9日です。
謹んで、重陽をお祝い申し上げます。
では厄祓いも兼ねて、重陽の一日をめぐる陰惨なファミリードラマの感想など。

『王妃の紋章』




10世紀中国の五代十国後唐時代。黄金に輝く宮廷では、永久の繁栄を願う重陽節を前に、不穏な空気が渦巻いていた。継子である皇太子と不義の関係にある王妃。王妃毒殺を企てる王。王位奪取を密かに狙う息子たち──。家族全員が隠し持つ様々な策謀が複雑に絡み合い、ついには国をも揺るがす大惨事をもたらす。


もとになったのは舞台劇。1920年代の夏の一夜、とある資産家の家で起きた悲劇を描く『雷雨』という、中国の演劇学校では必修演目にもなっているような、たいへん有名な物語だそうです。
映画の原題『満城尽帯黄金甲』は、唐代末期の反乱指導者、黄巣の詩の一節。
この詩には「我花開後百花殺」などというえらく痺れるフレーズもあって、行間からはほんのり血の匂いが滲みだしてきて、すてきです。
でも「ほんのり」なんてもんはたぶん、きわめて日本的な美意識なのでしょう。日本に生まれ、日本文化どっぷりで育ってきたため、私はやっぱり「ほんのり」に惹かれますが、そのような「ほんのり」など完膚無き迄に蹂躙して顧みない映画でしたこれは。
だってなにしろ「製作費50億円」ですもの。
「金の円柱600本、シルク絨毯1000メートル、300万本の菊花、3000着の衣装!」
なんですもの。

確かに、50億円かけたなりの「豪華絢爛」には目を奪われました。
(ついでに、女優さんたちの胸の盛りっぷりにも目を奪われました。「そんなに盛らんでも……」とちょっとたしなめたくなるくらいでした。)
そしてまた、その50億円の消費っぷりがたいへんにわかりやすい。「湯水のように」という表現はこういうふうに使うのが正しいんだなあ。緩急とか差し引きとか、きっとあんまり考えてないんですね。あんまり考えないのが彼の国の美意識でもあるんでしょう。「さあどうだ」「これでもか」の波状攻撃で、
「もうこれ以上カツ丼と鰻重とすき焼きと天麩羅定食出されたって一口も食えやしませんから!」
みたいな気分に、ついなってしまいます。
綺麗でゴージャスだけど、食傷しちゃう。
金のかけ方がわかりやすいぶん、「豪華絢爛」の底にたどりつくのも早い。


クライマックスの、第二王子・元傑(ユェン・ジェ)指揮するクーデターの場面では、黄金甲(=黄金の鎧)を纏った兵隊さんが現れては死に現れては死に、叩き潰しても踏みにじっても浮塵子のようにあとからあとから湧いてきます。
『レッドクリフ』だって『ロード・オブ・ザ・リング』だって、戦闘シーンは似たようなもんでしたが、『王妃の紋章』の後味の悪さときたらいかがしたものか。血を流して無惨に死んでゆく人間を見ているのに、どうかすると、
「うげ。なんか虫みたいで気持ち悪いな……」
とか呟いてしまう。

湯水のように使い棄てられる「豪華絢爛」は「人間」をそんなふうに殺してしまうんだなあ、と些か虚しい。

死に瀕して立ち竦む人間の、或いは死に瀕してタチムカウ人間の、命ぎりぎりのところから発散する艶っぽさとか悲しさとか怒り、そういうものをこの映画の戦闘シーンから感じ取ることはとても困難でした。演じる役者さんたちは確かに肉体を酷使した仕事をしているのに、映画は生身な匂いからどんどん遠くなってゆく。あれだけの血が流されているのにもかかわらず。

でも、そういう感想で正解なのかも知れない。DVDに入ってたメイキングで、張芸謀(チャン・イーモウ)監督がこんなことを言ってた。

金玉其外 敗絮其中

「外見は非常に美しいが、中はどす黒い」という意味を表す中国の諺だそうです。

それを踏まえてこの総額50億円のファミリードラマを眺めてみると、おびただしい黄金と極彩色の硝子で彩られた宮殿が、王(周潤發/チョウ・ユンファ)そのひとの肉体のようにもみえてくる。
見た目は頑健で美しいけれど、臓腑のあちこちは病に蝕まれ、すでにどろどろと腐臭を放ちはじめている。
腐臭漂う王宮で、王妃(鞏俐/コン・リー)が唇噛み眦つりあげて、憑かれたように刺繍する黄金の菊花。
その花心に隠された恥ずかしい秘密が、厚物の太い管弁をひとつひとつむしられて露呈していく。


王は、最愛の女の忘れ形見である皇太子・元祥(ユェン・シァン)を偏執的に溺愛している。
かつて祥の生母である女を裏切り、彼女を破滅へと追いやった、せめてもの罪滅ぼしということもあるのだろうか。本来であればその女に向くはずだった王の愛情は、王妃でも、王妃の産んだ息子たちでもなく、彼女の面影を宿す祥ひとりに注がれる。些か歪んだかたちで。

「おまえを一番愛してきた」

そういいながら王は、喪った女の身代わりでもあるかのように、祥を手放そうとしない。

辺境の青州に行きたいという祥の願いは当然のように無視される。侍医の娘(実は母を同じくする妹)との密かな恋がささやかな慰めになったとしても、彼が体の良い囚人であることに変わりは無い。
秘密と嘘と悪意で塗り固められた豪奢な黄金の宮殿。
決して逃れ得ない檻。
籠の鳥のまま飼い殺しにされる未来。
祥はもう予感しているのだろう。父を憎悪しながら畏れ、結局はその庇護と愛玩を受け入れる。第二王子の傑、第三王子の成(チョン)のように、父に反旗を翻すこともしない。このままではだめになるとわかっていながら祥はなにもせず、なにひとつ選び取らない。

継母との密通、父の違う妹との相姦という二重のタブーを犯してしまった祥は、自裁すらかなわず、絶望して泣くしか無い。
最初から最後まで、とことん不幸で無力で綺麗なだけの王子様。そういう「不幸で無力で綺麗」の体現が、劉燁(リウ・イエ)はまた呆れるほどうまい。





政略結婚で嫁いできた王妃は王に愛されたことがない。
だから彼女は生さぬ仲の祥と寝る。自分を顧みない王への報復として。夫の最愛の女の息子を、王の掌中の玉を、その圧倒的な美貌と肉体で蹂躙し穢す。密事が3年に及ぶうち、王妃はいつしか祥を愛し、王とは違ったかたちで祥に執着するようになる。けれど祥は若い娘との恋に走り、取り残される王妃はどこまでいっても孤独で孤高だ。

「死ねばいい」

祥に向けられた王妃の言葉は、本来ならば王そのひとに投げつけるべき呪いだったのだろう。
王妃の言葉に誘われるように祥は自らの胸に短剣を突き立て、しかし死にきれない。
王と王妃の愛と欲に引き裂かれ、混乱し、怯え、涙を流す祥。
その無力さ、その被虐のありさまはいっそ美しく、傷ついた息子をいたわる王の仕種は、血を分けた父親というよりもまるで年嵩の恋人のそれだ。

憔悴しきった祥がすべてをこの強大でおそろしい父に委ねる、いわば彼の愛を受け入れるこの場面は、継母との密通以上に背徳的な匂いに満ちている。
王が王妃に毒を飼い、時間をかけてじわじわと殺すことを決めたのは、王妃に祥を「寝盗られた」からではないか。あながち妄想でも無いような気がする。重陽の儀式の席で祥を刺殺した成を、憤怒のあまり、王は自らの手で殺してしまう。それも玉帯で殴り殺すという凄まじいやり方で。

黄金と色硝子の円柱で飾られた大広間で、華麗な絨毯の上を這い蹲って逃げ惑う成。
まだ頬のあたりがあどけない美少年を、その実の父が追い回し、打ち据え、惨たらしく殺害するこの場面はたいへんに不快である。(メイキングで周潤發は、「できれば演じたくなかった」と苦々しい表情で語っていた。)

「規矩(きまり)」を守れば愛。
背けば瞋恚。

祥に向かう王の愛も、祥が王に背き、その手のなかから逃れようとするときにはきっと瞋恚の炎に変わって、彼の身体を焼きつくすのだろう。成のような地獄を見ること無く死んだ。「不幸で無力で綺麗」だった祥の生涯で、それは唯一、幸せと呼んでいいことだったのかも知れない。




全くの余談ですが。
80年代の終わりごろから90年代の頭ごろにかけて、かなりまじめに、
「周潤發の舎弟になりたい」
と願っていた私でした。
勿論『男たちの挽歌』で周潤發にくびったけになってしまったからです。長らく自分にとって「兄貴」といえば周潤發、だったわけでした。
胡軍はいってみれば周潤發に次ぐ「兄貴」で、そんな兄貴ズがどちらも、劉燁演じるキャラクターの死を前にして身も世も無く涙にくれるという。

なにやら奇妙な因縁をいま、ひしひしと感じております。
| 11:55 | 電影感想文。 | comments(2) | trackbacks(1) |
Comment








こんにちは
コメント遅くなりました。
ほんと,金も人命も湯水のように「使い倒した」作品で
またそれをこれみよがしに見せつけた露悪的なものも感じましたが
・・・・なかなか好きでしたよ,こんなの。

>最初から最後まで、とことん不幸で無力で綺麗なだけの王子様。
ほんとにねぇ〜〜〜
それにまたそんなキャラが上手いんだよね,このひと。
そこから脱皮したくて酷薄キャラを演じたりもしているけど
やっぱり薄幸キャラの方が似合います。
↑のモノクロの画像,萌えます〜〜〜

父王の彼への「歪んだ愛情」とは!
なるほど,わたしはそこまで考えなかったけど
目からうろこでありました。
posted by なな | 2009/09/13 1:42 PM |
>ななさん
ふたたびのお運びありがとうございます。

この映画、じつはけっこうその露悪趣味が好きなとこもあったりしました。
豪華絢爛が行き過ぎて、あともうちょっとつつけばじくじくと膿が滲みそうな、病巣みたいな色合いの後宮のセットとかかなり好きです。
紛れ込んで、迷子になってみたいです。

お父様の異常な愛情は、すみません、自分のあたまがくさっておりますゆえ、そのようにみえてしまうというだけのこと……。

ですが、張芸謀が意図していたのか、役者の個性で(笑)そうみえてしまうのかどうなのか、王様ったら長男(だけ)を過剰に不憫がってるっていうか。
「わしのことわかってくれるのはおまえだけ」
「信じられるのはおまえだけ」
みたいなさびしんぼう信号びしびし出してたような(笑)。

あれだけ大量殺戮した挙げ句、吐く一言が
「なぜ祥を死なせたのだ」
だったりするあたりも、
「ああ、このひとがほんとうに求めていたものって、もっとずっとささやかなものだったのかも」
と。
やはり昔くびったけになった男には、いまだに弱いとみえます……。
posted by レッド | 2009/09/14 12:33 AM |
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