蛇果─hebiichigo─

是我有病。

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化不可極。深不可測也。──『藍宇』其の是拾悉
『藍宇』が香港で公開されてから2016年11月22日を以てまる15年が経過したということを冬至の記事に書きましたが、その15という周年の年を経て、『藍宇』殺青(クランクアップ)から16年が経ちました本日を以て。

彌栄。


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中国の迷様が15周年のときにお作りになったこの海報にも、2001年2月10日午後3時に終わった旨が記されています。


下のほうに過去記事をリンクしていますが、2011年このかた、どうもこの2月10日あたりというものは、自分にとってドメスティックな方面でいろいろ変化のあるシーズンみたいです。私自身は家庭を持っているわけでもなんでも無いのですが、たとえば住処を移してみたり不治の病に罹ってみたり、なにがしか自分の生活そのものをシンミリと顧みる必要に迫られる。先月末に母が転倒骨折入院手術という憂き目に逢い、独居老人となった父の世話をするべく仕事を抱えて実家と横浜を行ったり来たりしているいまも正しくそういうシーズン。

それはもしかしたら『藍宇』がとってもドメスティックな物語だからかしら──なんて思ったりします。

私自身は家庭を持っているわけでも、家庭を持つ機会に恵まれたわけでもなんでも無いのですが、たぶん、とてもドメスティックに出来てんだろうなという気がします。
それは家事全般に於いて素晴らしく有能って意味じゃあ無いの。家のなかとか部屋のなかとかふとんのなかとかに居ることに向いてるということに於いてなの。家から一歩も出ないでやれる業態に憧れて、そういう業態のひとになるべく努力したというのも畢竟、そういうことだと思うの。
そんな人間が『藍宇』という、86分に封じ込められた美しい部屋に、この際室内劇と言ってしまいますがそんなような映画にいかれてしまうのは、それはもう自然の摂理じゃ無いですか。
閉じられた部屋をひとつの宇宙として精緻に彫琢する手業に長けた關錦鵬の仕事──『ルージュ/胭脂扣』にしろ『阮玲玉』にしろ『長恨歌』にしろ『画魂』にしろ──に無闇と惹かれてしまうのは、物語そのもの以前に其処に在るのが「部屋」だから。そうして其処から出たく無いひとだから私が。
退嬰ってもんかも知れません。でもまあべつに退嬰だっても良いじゃ無いですか。


ドメスティックな物語とはいっても、陳捍東と藍宇に同性婚をしていただいてハッピーなご家庭を築いていただきたいということでは無いし、「結婚」なんて形態は永遠に取っていただかなくても良くってよと思うのあのひとたちの場合。当人たちもそんなことしたかないだろう。未来とか展望とか。長寿とか繁栄とか。血脈を繋いでいくことだとか。そんなことしたいと思ってるひとたちじゃ無かったでしょうたぶん最初から。私が勝手に思うだけだけど。


陳捍東と藍宇を演じたおふたりは、『藍宇』という美しい部屋での仕事を終えて、扉を開けて出ていって、のちにしあわせなおとうさんになりました。
16年まえのきょう、『藍宇』が殺青を迎えたときにはまだこの世に居なかったひとたちも、いまじゃこんなになってます。


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6歳になった諾一は、自分の名前が書けるようになったようですよ。




●2011年2月10日 地久天長。──『藍色宇宙/MAKING BLUE』
●2012年2月10日 後朝。──『藍宇』其の弐拾弐
●2013年2月10日 人人平安。──『藍宇』其の燦拾貳
●2014年2月10日 搬家。──『藍宇』其の燦拾勒
●2015年2月10日 切切偲偲。──『藍宇』其の是拾
●2016年2月10日 降冬的故事。──『藍宇』其の是拾翅


| 22:39 | 藍迷。 | comments(4) | - |
月待者。──『藍宇』其の是拾鹿
先月のことになりますが、レコードチャイナにこんな記事が載っていました。

衝撃的だったゲイ映画「藍宇 〜情熱の嵐〜」が公開15周年、プロデューサーが語る裏話


「香港で『藍宇』が公開された日、『藍宇』というレジェンドがはじまったその日が、2001年11月22日」
ということは一昨年のきょう、書きました。
2016年11月22日を以て、まる15年が経過したということなのです。





2016年の冬至は昨日、12月21日だったのですが、上記のような事情で敢えてきょう、「22日」に記事を書いております。柚子湯につかって『北京故事』を読んで、

新居で最初に愛し合った場所は浴室だ。

というとこらへんでほんのりするという09年12月22日以来の恒例行事は無論昨夜敢行致しました。


周年はどうして「五」の倍数で表していくのだろう。
きりの良い数字だからと言うけれど、じゃあなんできりの良い数字を考えるときに「五」が出てくるのだろう。

という疑問を抱えて徜徉していたところ、日本が十進法を採用しているため、十の半分の五も一定の区切りと捉えられること、さらに人間の手の指が5本であること(無論、すべての人がそう、というわけではありません)から数を数える基本の単位が「五」なのである、ということが回答として挙げられていました。
ローマ数字においても「五」(V)が基本的計数単位であり、それもやはり、手の形からきているということです。
拙ブログでも5周年のときには「五黄」について書いたりしましたが、中国においては「五」はやはり「五行」との関係が深いようです。
また、「三」が生、「五」が死をあらわし、三五をかけた「十五」は月が盈ちて闕ける時間=15日に為るのである、とも。


マジカル。
2001年に生まれた『藍宇』という月は、今年で望(満月)を迎えたということにもなるわけです。
この15年でなにがしか、盈つることがあった。
だからこそ『藍宇』主演俳優のおふたりは、揃って今年、ふたたび影帝になった。
そういうことじゃないかなあ、なんて思っています。
「月満つれば則ち虧く」が理ならば、これより15年をかけて朔(新月)へと向かうことになりますが、まさに冬至というものが太陽にとってそうであるように、それは再生のために通過する死。無明というものには屹度意味がある筈、と考えます。


『藍宇』という月相。
その変化が照らすかれらの変化。
そして私たちの変化。
みつめるためにまた、漕ぎ出します。


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●茫茫人海。──『藍宇』其の拾九
●待宵。──『藍宇』其の燦拾壱
●ひらく夢などあるじゃなし。──『藍宇』其の燦拾互
●聖馬利亜。──『藍宇』其の燦拾穹
●夢の曲。──『藍宇』其の是拾澯


| 09:39 | 藍迷。 | comments(2) | - |
七年之後、従心之所念。
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“Gethsemane”
Carl Heinrich Bloch




ラッキースター木星が私の星座乙女座に滞在しているいま。
占星術方面において一般にこのシーズンは、「12年に一度の大幸運期」なぞと呼ばれています。
現実はどうかといえば毎度のこと乍ら仕事も仕事じゃ無いこともぱつぱつです。
前の記事にも書きましたが年明けに最愛のバンド、ザ・イエロー・モンキーが復活を遂げ、くわえて大河ドラマ『真田丸』に溺れ、なんだかんだで浮かれぽんちな日々を送っております。
ザ・イエロー・モンキーが解散し、『真田丸』の前の三谷大河『新選組!』が絶賛放映中だった2004年。やはりラッキースター木星は乙女座に滞在していました。それはもう、たいへんでした、いろいろと。なにかと、ええ。石井ゆかりちゃんによればこの時期は幸運期ならぬ「耕耘期」、「その人の可能性の畑を耕して整地し、ここから12年をかけて育てていける幸福の種を新たに蒔く時期」だそうですが、12年前のあれは正しくそういうシーズンでした。蒔いた種を12年かけて育てた挙げ句のいまここであることは、ほぼ間違いありません。

昨晩は、2007年から『藍宇』に出逢う直前まで、夜な夜なこそこそ綴っていたお話たちを読み返しておりました。
自分が書いた文章を自分で読んでおもしろがるというのもなかなか不遜できもちのわるいかんじでありますが、でも、おもしろかったです。
ぶれてないな、と思いました。

2007年4月から6月に放映されていた『バンビ〜ノ!』というドラマの、所謂SS、二次創作というやつなんですけれども。
舞台となる六本木のトラットリア《バッカナーレ》、そこで働くソットシェフ(副料理長)桑原敦とカーポ・カメリエーレ(給仕長)与那嶺司のふたりがじつにめっぽうわたくしごのみのステキCPで、ぞっこんいかれてしまいまして。
もともとそれぞれの中の人(佐々木蔵之介、北村一輝)の結構なファンでしたしそんな彼らの『医龍』以来の待望の共演つうことも手伝って、いろんなところの箍がはずれまくっていろんなものがどろどろ漏れたりとか、してしまいまして。
もはや取り返しがつかぬくらい決定的に決壊したのがこの回。

con amore。〜『バンビ〜ノ!』六皿目。

それでまあ、決壊ついでに「うまれてはぢめてのSS」などという暴挙に出てしまったと、いう次第です。
『バンビ〜ノ!』って佐々木北村両者のファンのあいだではぜんぜん評価高くないんです。でも佐々木蔵之介がイタリア語をしゃべっているのにほとんどドイツの軍人さんみたいだったり、北村一輝はその2年後に上杉の御屋形様だったり、へたれアップレンディスタの中の人が『ゲゲゲの女房』でブレイクしたり、蔵之介さんのライバル役だった人が『イップ・マン』でドニーさんとガチだったり、個人的にはなにかと興味深い作品だったんです。あと何度も書いていますが「ふたり」というものが異常な迄にだいすきなので私。
件のSSのなかで与那嶺司をモデルにしたキャラクターに「家族」の概念について、

いちばんすきなひとと、朝も昼も夜も、ずっといっしょに暮らすこと。

なんてことを言わせているように、自分、家族と問われてまず浮かぶものは「あなたとわたし」なの。
あなたを残してどいつもいらないの。
二人を残してなんにもいらないの。
私はあなたそのもの、なの。

実人生に於いてはそうしたことが叶わなかった。
なので私はいまもずっとひとりでいるのでしょう。


ふたりはやがてひとりになる、という前提というか予兆というか確信というか。
そうしたものをひたひたと感じればこそ、私はここまで「ふたり」という物語に惹かれてしまうのです。
(翻って言えばそうしたものをまったく感じさせなければそれは「ふたり」では無くてただの複数の人、です)
だから、『藍宇』という物語との出逢いがどれほど大きなものだったか。
『真田丸』第33話の加藤主計頭清正に、
「よっぽどなんだろ? よっぽどなんだよな?」
と問われたら迷うこと無く「よっぽどです」と答えますよ。

朝、眠る情人のかたわらでひっそりと身仕舞いをし、部屋を出てゆく藍宇。数時間後に不慮の事故でその命を絶たれることなど彼は知らない。それなのに、もはや二度とはもどるまいといった、なにがしか純で硬質な決意のようなものを、そのときの藍宇は負っているかのようにみえる。物語がまだ動き出してもいないうちから終幕の彼らの運命を、映画はくっきりと其処に刻んでいる。そして陳捍東と藍宇の軌跡はそのまま、私が当時、夜な夜なこそこそ綴っていたお話の「ふたり」のそれに重なるものでありました。つまり、そう、だから、「よっぽど」なのでした。

『藍宇』で描かれる「悲劇」って言ってしまえば常套なんでしょうし、その点をとりあげてこの映画を批判する向きもあります。
ではなんで常套になるかといえば、それだけたくさんの人がじつはその「悲劇」を、密かに渇望しているからでしょう。
いちばんすきなひとと、朝も昼も夜も、ずっといっしょに暮らすこと。
そんなこと望むべくも無いからでしょう。
ふたりがふたりのままに完全無欠になったとき、それはもはや、「ふたり」ではなくなってしまう。
ふたりがふたりとして完全無欠になるためには、どうしたって「ふたり」という容器を一度、毀す必要があるのではないか。
「私はあなたそのもの」とは、そういうことなのではないか。
私がしんそこ美しいと思うのは、そういうことなのではないか。


そんなことを考えていたりします。
昨日で此処も、七年が経ちました。
中国では「七」は循環や周期において大きな意味を持つ数字であるそうです。だったらまあそろそろいっかみたいなかんじで、上記『バンビ〜ノ!』第六話を観たあとに綴ったお話を載っけてみます。2009年の夏にふた月をかけて書いた『藍宇』の感想文と同じくらい、これもまた私の衝動のひとつのかたちでした。ドラマをご存じ無い向きにはなにがなんだかでしょうし、ドラマ並びに役者さんのファンの方にはご不快にかんじられることもあるやも知れません。まことにすみません。こそこそどうぞ。

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| 17:03 | 藍迷。 | comments(6) | - |
一九八九六四二七。
毎年6月4日は、彼の国のSNS方面から、哀悼の意をあらわす蝋燭のアイコンが消えてなくなる日です。
それはもう、笑っちゃうぐらいきれいさっぱり、無かったことに。
しょうもないことをしやがんなという気がしますが、まあでも私の好きな俳優さんたちはそんな国に生まれそんな国で暮らしそんな国でお仕事をしている。「そんな国で生きていくこと」の大変さは私などにはちょっと、想像を絶するところがあります。日々彼の国のSNS方面を眺めていると、かわいいねこちゃんのお写真とか、おいしそうなスイーツのお写真とか、らぶーな明星さんのお写真とか動画なんかが膨大にタイムラインに流れてくるのでうっかり忘れてしまいそうになるのですがでも、その裏には、ぜったいに口にはできない「そんな国で生きていくこと」の大変さが、きっと膨大にこめられているのじゃないかと思うのです。


まあいいや。
暗いと不平を言うよりも、すすんであかりをつけますよ。


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何度吹き消されても、何度だってあかりをつけますよ。
我们不能忘记那一天。
そして勿論、記憶に残るうちは、お終いじゃ無いんです。


| 11:56 | 藍迷。 | comments(6) | - |
遥かに照らせ山の端の月。──『藍宇』其の是拾呉
「魔の五月」とは、そもそも萩尾望都の『ポーの一族/小鳥の巣』に登場した言葉でした。
中州に建つガブリエル・スイス高等中学。五月の創立祭の前日にロビン・カーが張り出し窓から沼に落ちて死に、ロビンが死んだ1年後の同じ日、学校と同じ名のガブリエル・スイスが沼地で溺れて死にます。そしてその1年後。真の「魔」であるところのエドガーとアランがガブリエル・スイス高等中学にやってきて、3年目の「魔の五月」が幕を開けるのです。


たとえば2015年のいまじぶん。
私は正しく「魔の五月」を生きていました。
5月15日に胡軍さんと劉さんがおふたりお誘い合わせでこんなあられも無い事態になり、そこから約半年のあいだというものは、日々邪悪な夢想に塗れて暮らしておりました。

たとえば2016年5月11日。
復活したザ・イエロー・モンキーの『THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016』初日でした。
密林さんで『藍宇』DVDをぽっちりした日から数えて七年目のことです。

これだって毛頭偶然などというものでは無い。
なにもかも、連鎖する「五月」という魔のシーズンが呼び込んだ事態にちがいないんだわ。

そんなようなことを考えながら、七年前に『藍宇』に出逢ったきょう、5月13日を迎えています。


5月11日にイエロー・モンキーのライヴが始まるまで、ちらとも考えてみなかったことがあります。
イエロー・モンキーが活動していたころ、『藍宇』という物語は未だこの世に存在していなかったのだ、ということです。
イエロー・モンキーのライヴに通いまくった1993年11月24日から2001年1月8日までのあいだ、私は『藍宇』という物語をまったく知らずにいました。そりゃそうだ。そのころ關錦鵬はまだ『藍宇』を撮影していなかったんですからあたりまえすぎてばかみたいな話です。でもつい2日前の19時、国立代々木競技場第一体育館でM-1“プライマル。”のイントロが鳴り響くまで私は、そうしたあたりまえのことに微塵も思い及ばずに生きていました。
つまり『藍宇』を知った私が生で聴くイエロー・モンキー楽曲というものは、『藍宇』を知らなかった2001年以前とはまったくちがう響き方をした、ということです。


M-1“プライマル。”からM-24“JAM”まで。
陳捍東と藍宇のことをいつも何処かで考えてしまっていました。
最愛のバンドの復活に纏わる混沌と情熱とエモーション。思い出すさまざまのこと。ともにライヴに通った、死んでしまった友人のこと。泣きながら笑いながら惑溺しながら、同時にひっそりとささやかに佇むあの美しい藍宇の部屋にも、慥かに私は居たのです。


と、いう次第で。
5月11日と5月12日のイエモンさんのセットリストから、「理由はよくわかんないけど自分にはここがすごく『藍宇』でした」な一節を引っこ抜いて並べて見たいと思います。なんでそこがすごく『藍宇』なのか、そもそもよくわかんないので理由も書きませんが適当にお察しください。毎度のことですが愉しいのはおもに私ばっかりという事態でした。ほんとうにすみません。吉井さんもごめんね。


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| 21:55 | 藍迷。 | comments(2) | - |
歓迎光臨〜分享幸福・潘朶拉盒子。
Sさんからのいただきものシリーズ其の参は、『藍宇』ブツワールドにおける最大にして最凶の問題作。

ご存じの向きも多かろうと思いますが『藍宇』には、「台湾豪華珍蔵版」という徒花のようなものがかつて存在しました。「藍宇的北歐」さんによれば加長版DVD(注:製作者サイドに断り無く削除されたシーンを入れ込んで編集・発売し、訴訟騒ぎも起こしたイリーガル版『藍宇』)、サントラ、Tシャツ、マグカップ、キーホルダー、写真集をセットにしたもの。
それが「プレミアムBOX」という名称で売られていた、そんな時代もありました。
こちらがその匣の現物でございます。



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「靴箱か、はたまたケーキ箱か」と形容される、恰も陳捍東そのひとの如き、がっしりとたくましい漆黒の匣です。
おそるおそる、蓋をあけてみますと。
綺麗な男の子が匣いっぱいにぴったり収まって、
「ほう。」
とか言ってくれる、なんちゅうことは無くってですね。



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Sさんセレクトによる、めくるめく『藍宇』グッズ──珍蔵版セットからTシャツ、マグカップ、キーホルダー、写真集。そして2001年発売の限定セットからクリアポーチとノートブックと立体カレンダー。さらにSさん撮影の、各地イベントにおける胡軍さん劉さんのひとこまを捉えたスバラシイ生写真の数々──の詰め合わせが、ぴったりと収まっておりました。

珍蔵版より、まずは「写真集」をご紹介しましょう。
表1表4を染める藍色がうつくしい。



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「藍宇的北歐」さんのお言葉を借りれば「写真集とは名ばかりの、ただのスチールを集めただけの16頁の冊子」。事実まったくそのとおりなんですが、日本版DVDのリーフレットですら初版だけにしかつけてもらえなかったわしら藍宇ロスジェネ世代にしてみれば十二分にありがたく勿体無いお品です。
つづいては、「藍宇的北歐」さん曰くところの「使えないキーホルダー」。



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「実用」を重んずることすなわち「ブツは使ってなんぼ」が信条の乙女座的には、しかしこれは十二分に使えるお品ですぞ。
YOSHII FUNK LOVE(=吉井和哉さんFC)がくれる継続特典キーホルダーにくらべたら、ずんとしっかりした作りですぞ。
つまり「使えない」というのはキーホルダー本体に刻まれた裸体の男性ふたりが絡み合う、ちょっと居た堪れ無い意匠についてのことなのでしょうね。わしのMacの『藍宇』ひみつフォルダにぶっこんである各種海報を俯瞰してみますと、この裸体の男性ふたりが絡み合う意匠を使っているのは台湾版海報2種類のみ。つまり当時の台湾において『藍宇』という映画はまとめればこういうもんだ、とざっくり解釈されていたということなのでしょうね。それゆえ台湾製作であるところの珍蔵版グッズにおいても執拗にこの意匠が繰り返されているという次第です。「藍宇的北歐」さん曰くところの「見たくもないマグカップ」もそのひとつ。



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マグカップそのものはシンプルで、そこそこいいかんじの重みもあって、「ブツは使ってなんぼ」が信条の乙女座が毎日おいしくコーヒーをいただくぶんには十二分過ぎるほどに使えます。口にはこぶたんびに否応無しに目に入ってしまう、燦然と輝く黄金色でプリントされた裸体の男性ふたりの絡み合いを見なかったことにできればの話ですけれどもね。
ふたりのかたわらにはそれぞれ胡軍さん劉さんのサインが添えられています。



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えーつまりそのなんだ、右手をあげているリーゼントのひとが陳捍東で、がばと抱きついているほうのひとが藍宇なんだな。
などとうっかり思い込んでしまう粗忽者だって後を絶ちませんよ、こんなことをされた日にゃあ。なんで藍宇タイトルロゴとおふたりのサインだけにしといてくれん。いまさら私が悔やんだってあとのまつりですが、悔やんでも悔やみきれません。
さらに「藍宇的北歐」さん曰くところの「開けたことすらないTシャツ」に至っては。



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そでが無い。


「ブツは使ってなんぼ」が信条の乙女座ですが「わーい嬉しいー太極拳の稽古のときに着られるー」と浮かれてビニール袋からがさごそ出した瞬間に絶望。いちおう試着してみたんですけどね。二度と着るものか。これを着こなせるのはびっちびっちに大胸筋の発達したひと、喩えて言うなら捍東の浮気相手のマッチョくんぐらいなものです。

「这些东西,那些人穿着都不好看,就你穿还有个样儿。」

にやけたおっさんの台詞がきこえてくるようですよ。

加長版DVDみたいなものを勝手に作って勝手に出して怒られてしまう会社のしでかすことですから、こうしたやらでものひと手間も、ある意味商魂とサービス精神が綯い交ぜになった結果ということなのかも知れませんけれどもね。それとも予算的にそでに回すぶんの布きれが採れなかったのか。いまとなっては真相はわかりません。でもせめて、そでは、そでだけは、節約せずにつけてほしかった……。

そで問題で躓いていちゃあだめだ! なみだをふいて、次は2000部限定・特価299元(当時)の『藍宇』グッズセットです。「藍宇的北歐」さんによればその全貌は、こんなかんじになっております


これはたぶん、腰巻的なもの。

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そして『藍宇』ノートブック(罫線無し)。

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とどめは2002年版立体卓上カレンダー。
完成図がわからないので如何ともし難いのですが、これ実際に組み立てるとどういう形状になるのだろう。

【JANUARY 2002】





【FEBRUARY 2002】





【MARCH 2002】





【APRIL 2002】





【MAY 2002】





【JUNE 2002】





【JULY 2002】





【AUGUST 2002】





【SEPTEMBER 2002】





【OCTOBER 2002】





【NOVEMBER 2002】





【DECEMBER 2002】





カレンダーが収まっていた箱。





スチルの裏面に各月のカレンダーが印刷されています。2月が「Februry」になっていたりするあたりは大目に見てください。スチルとカレンダーは映画の時系列に沿って組み合わされているというわけじゃ無いのですが、6月はやっぱこのショットしか無いし締めの12月もやっぱこれだろという気がします。その点、加長版DVDみたいなものを勝手に作って勝手に出して怒られてしまう会社にしては良い仕事です。自分の生まれ月セプテンバーが初夜の事後シーンになっているあたりも個人的に褒めてやろう。


これまで「伝説」としてしか知る術の無かった魅惑の藍宇グッズワールドをまのあたりにし、手に取ってみて、2001年から2002年にかけてたしかにあった熱い時代を、僅かながらも追想することができました。
貴重な機会を下さったSさん。
あらためて、ほんとうにありがとうございました。


人類に災いをもたらすために創られた女パンドラが、けっしてあけてはならぬといわれた箱をあけたとき、ありとあらゆる厄災がこの世に飛び出したけれども、ただひとつ「エルピス(Elpis)」だけは箱のなかにとどまったといいます。
予兆、期待、あるいは希望と訳されるエルピスは、災い多き世界にあってつねにわたしたちに寄り添いつづけるものといわれています。
エルピスの真の姿が善なのか悪なのかということについては諸説あるようですが、すくなくとも『藍宇』という匣の奥底にわたしがみつけるものはいつだって文字どおりの「希望」。
それそのものです。
災い多き世界にただひとり取り残され老いてゆく男にとって、夭折の青年が、屹度そういうものであったように。

| 10:47 | 藍迷。 | comments(4) | - |
降冬的故事。──『藍宇』其の是拾翅


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何よりもここでこうしてることが奇跡と思うんだ。

あなたに抱かれて。
あなたと乱れて。
ひとつに生まれて。
ふたつに別れて。



(「ALRIGHT」/吉井和哉)



陳捍東と藍宇が出逢った1988年に結成されて。
藍宇が生きた時間と同じ、28年を経て再生を果たし。
私が『藍宇』のDVDを購入した5月11日に復活後初のライヴツアーが初日を迎え。
そんな因果なバンド、ザ・イエロー・モンキー、その新曲“ALRIGHT”が一斉解禁されるんですよと告知された、その日が。

よりにもよってきょうです。

『藍宇』が殺青(=クランクアップ)を迎えた、2月10日なのです。
自分のなかで、おわりとはじまりが、ぐるんとループを描いていくような。
そろそろ解けるんじゃないだろうかなあ、と思うそばから新しい呪いに搦め捕られていくような。
そんなかんじがいたします。


『藍宇』が殺青を迎えた日の翌日に『キャロル』という映画が観客に向けて解き放たれるというのも、そうした無間の呪いのひとつかも知れない。
とかそんなことをおおまじめに考えているのは全世界探したって私だけで良いです。


『キャロル』は、1952年のクリスマスのニューヨークで出逢った美貌の人妻キャロルと舞台美術家を目指す19歳のテレーズの、真冬の道行の物語。

映画誌の仕事をしているのでタイトルだけはずいぶん前から知っていたし、カンヌ国際映画祭でルーニー・マーラが女優賞を獲った、などという情報も仕入れていましたが、肝心の物語についてはよくわかっていなかった。でも、浦川とめさんがご自身のブログで、
「しきりと『藍宇』が思い出されて、胸苦しいような思いと余韻にひたってしまいました」
と書かれているのを読んで、気持ちがちょっとざわっとしました。
その「ざわっ」は、フィクションで扱われる同性どうしの恋の常套みたいに(つまりは『藍宇』みたいに)『キャロル』もまた、どちらかの死を以て終わることになるのではないか、という「ざわっ」でした。


どんな物語であれ基本的にハッピーエンディングがすきです。ハッピーエンディングといっても、登場人物がみな不幸のどん底に叩き落とされあるいは無残な死を迎えたとしても主人公ひとりは命ながらえてきょうも新しい朝がきましためでたしめでたし、ということではありません。
主人公ひとりが不幸のどん底に叩き落とされあるいは無残な死を迎えたとしても、未だ明けない世界になけなしの光──希望を残してひっそりと消えてゆく。
そういうことが、自分にとってのハッピーエンディングです。
『藍宇』は、藍宇の死を以て終わる物語ではありますが、私にとってはこのうえ無く正統なハッピーエンディング・ストーリーといえます。だから私が『藍宇』に夢中になるのもあたりまえなのですが、とはいえ主人公が自己犠牲的に美しく命を落とすお話だったらなんだってすきだ、というわけじゃあ無い。

同性どうしの恋がどちらかの死を以て悲恋に終わる、という常套は数多の物語を生みだしてきました。でもそれは、凡手が使えば陳腐な凡作しか生まない諸刃の剣でもあります。カンヌで女優賞獲るような『キャロル』がそうした凡愚な真似をしでかしている筈も無いのですが、公式サイトで、
「魅かれあうふたりは、心に正直に生きようとして、思いつくまま西へと向かう旅に出る」
なんて読んでしまったら早くも頭のなかは

此の世の名残。夜も名残。死にゝ行く身を譬ふれば。あだしが原の道の霜。一足づゝに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ。

ちかえもん。もとい近松門左衛門先生畢生の名作『曾根崎心中』おはつ徳兵衛道行の場になってしまうじゃあないですか。
「魅かれあうふたりは、心に正直に生きようとして、思いつくまま西へと向かう旅に出る」っての、捍東と藍宇でちょっと見てみたかったわ、という気もいたしますけれどもね。ていうかわしの腐れ脳内では疾うにそういう次第になっていたりもしますけれどもね。

ともあれ『キャロル』にかんじた「ざわっ」をどうにかしたく、映画にさきがけてパトリシア・ハイスミスの原作を読んでみることにしました。


エミール・クストリッツァの『アリゾナ・ドリーム』で、リリ・テイラー演ずるグレースが、「物語の前半に拳銃が出てきたら、後半でかならずそれが火を噴くということなのよ」みたいなことをいいます。
『キャロル』においても西への旅のはじまりでキャロルの所持する拳銃が登場しますし(映画の予告篇にも出てきます)、美しくせつなくたおやかなラブストーリーとばかり思っていたものが途中からどんどんサスペンスフルな苦い展開になっていくもんだから、「ざわっ」がどうにかなるどころか、読んでいるあいだ終始ざわざわしっぱなし。
でも、佳い物語でした。


「結婚」という檻に囚われたキャロルが陳捍東で、夢を叶えるためにニューヨークに出てきたテレーズが藍宇。どうしたってそういう切り分けをしたくなりますよ。キャロルの親友アビーの存在も、ちょっと劉征ぽいといえばぽいし。クリスマスを挟んで展開する「真冬」の物語というところもいっしょ。フランケンバーグ・デパートの人形売り場でカウンター越しにキャロルとテレーズが言葉を交わすところなんか、人波を挟んでほほえみあう捍東と藍宇の、マフラーの場面彷彿でしたし。
というふうになにかと『藍宇』を投影してみたくなるのは私の病が重いせいで、とはいえやはりふたつは別の物語です。キャロルとテレーズ、それぞれにあやうい風情を漂わせていても、それは最初に懸念した、西への旅=死出の道行的なこととはまったくちがう。世界がわたしに意地悪するからもうこんな世界なんかこっちからさよならよ、みたいなことじゃ断じて無くて。いまいるこの厄介事だらけの世界に「わたし」というものを刻むために、手を携え、曙光をもとめて闇路をたどる。ひとりとひとりで。ときにはふたりで。
『キャロル』は、そういう物語でした。


疾うに打たれてしまったエンドマークの彼方に往生際悪く渇望してやまないその先の、あるいはもうひとつの、捍東と藍宇の物語。こうもあってほしかった、ああもあってほしかったと降りつもるばかりの未練。
『キャロル』の最後の一行を清々しく読み終わって顔をあげて、やっぱり自分のなかにはそういう想いがあるんだな、ということが見えたりもしました。
儘ならぬ憂き世の儘ならなさを絶唱するのみで終わる、つれなくて意地悪で、そして潔い物語。
15年前のきょう、はじまったのです。



●2011年2月10日 地久天長。──『藍色宇宙/MAKING BLUE』
●2012年2月10日 後朝。──『藍宇』其の弐拾弐
●2013年2月10日 人人平安。──『藍宇』其の燦拾貳
●2014年2月10日 搬家。──『藍宇』其の燦拾勒
●2015年2月10日 切切偲偲。──『藍宇』其の是拾


| 17:37 | 藍迷。 | comments(2) | - |
夢の曲。──『藍宇』其の是拾澯
一陽来復。
昨年のきょうは、太陽がうまれかわる日(冬至)と月がうまれかわる日(新月)がお誘い合わせでやってくる、十九年に一度の「朔旦冬至」だったのでした。
たいそうおめでたくありがたい、そんな日に私自身は、年が明けてみればバセドウ病由来と判明するんだけれどもそのときはまだ原因不明の、謎な、さまざまな不調まっただなかだったりしました。


朔旦冬至から始まったこの一年。
『藍宇』まわり、というか胡軍さん劉さんまわりに限っていえば流石に冬至と新月がお誘い合わせでやってきただけのことはある、破壊的なほどハッピーな力が大きく働いたようでした。昨年のきょうの記事で筋肉少女帯の“ゾロ目”を引用して、

リセットなんかじゃなく
ふりだしに戻れ


とか書いていたんでしたが自分で書いたことが半年経ったら現実になっちゃって。卑近な流行り言葉にのっかってみますが正しくびっくりぽんでした。つまり『爸爸去哪儿第三季』という「事件」。第一站・陝西省楡林市で胡軍さんと劉さんが邂逅した2015年5月18日、そして第二站・西双版納で虹がふたりをつないだ2015年6月17日。ほへとさんの数秘でみてみるとどちらも「4 EX Std5」という、「世の常識に囚われない。狂っている」EXデイでありました。
なんてことなど最早不思議でもなんでも無かった。
揚げ句斯様な緊急事態までも捍東と藍宇の出逢いの時期に重ねてみせたふたりの「ふりだし」。


我が行は久にはあらじ
夢の曲 
瀬とはならずて淵にしありこそ



『萬葉集 巻三』に収められた大伴旅人のこの歌をはじめて読んだとき、「夢の曲」ってなんなのか、わかりませんでした。綺麗で不思議な、どうも地名のようなのだが何処にあるのか知らない。調べてみたら奈良県吉野郡吉野町にありました。


象(きさ)の小川の水が吉野川に流れ落ちるところを夢のわだといいます。夢のわだは『万葉集』にもよく詠まれ、その美しさは多くの万葉人の憧れでした。
(吉野町公式サイト)


「夢の曲」と書いて、「いめのわだ」と読みます。
「いめ」は「ゆめ」の古いいいかたで、「寝目(いめ=眠っているあいだに目にするもの)」がその語源であろうと。「わだ」は「彎曲した地形」のこと。


私の旅は、長くはかかるまい。
夢の曲よ。
浅瀬になどならず、美しい淵のままでいておくれ。



六十になってから大宰帥を命ぜられて九州に下り、吉野を、美しい「夢の曲」を懐かしんでそう詠った旅人は、帰京したのちに病を得て、ふたたび「夢の曲」を見ることも叶わず死んだといいます。
ゆめみるひとの今際の夢のなかでその淵は、何処までも藍く、何処までも深くなっていったのではないか、という気がします。



夢の曲 言にしありけり
うつつにも
見て来るものを思ひし思へば



嘗て吉野を訪ねたときは団体旅行だったので、あのぅすいませぇんちょっとわたし「夢の曲」まで行ってまいりまぁす、などという気儘はまかりとおりませんでした。ですから私にとって「夢の曲」は未だ夢のまま。夢のなかにしか無い場所です。


見たい見たいと思いつづけていた夢の曲。
やっとほんとうに見てきたよ。



そんなふうに詠った万葉の名無しさんがいました。
かれが「ほんとうに」見た景色ってどんなものだったろう。夢をはるかに凌駕する現実を目の当たりにして、「もう夢なんかじゃ無いぜ! 俺はほんとうに見ちゃったぜ!」と叫ぶそばから、かれの夢のなかだけにあった宝石さながらに美しい「夢の曲」は、永遠に喪われてしまうのに。
ほんとうに見ることが叶った刹那に霧消するあこがれ。
象の小川がちいさな瀧となって吉野川に合流するその淵を最初に「夢の曲」と呼んだひとって、なにを思っていたんでしょうね。






こういうかんじでよろよろ添い遂げる捍東と藍宇にもちょっと逢ってみたかった。
かたっぽがかたっぽの介護をしたりなんかする未来。
『爸爸去哪儿』第三季という番組は、ある意味見果てぬ夢の棄てどころとして機能したんだな。


10月2日放映の『爸爸去哪儿』第三季第六站第十二期に、特殊メイクでおとうさんを老人に変貌させ、こどもらのリアクションを撮るという企画がありました。海報を見たときにはやはり、上記のようなことを思いました。
「もう夢なんかじゃ無い」現実だけど。
所詮は紛いものの現実だけど。
逢えない四箇月を経て邂逅した長い一夜を、そののち何度もくりかえしてゆく宿命のふたりだったとしたら、肩を並べてその目交に、どんな景色をみたのだろうと。


見果てぬ夢を棄てにゆく。底方も知らぬ濃藍の淵へ。
ふりだしに戻ったふたりの「夢の曲」。
私たちはいつか私たちの夢のなかに、それをふたたび、見つけることができるでしょうか。



夢(いめ)の逢ひは苦しかりけり
覚(おどろ)きて 
掻き探れども 手にも触れねば


(萬葉集 巻四 741 大伴家持)



●茫茫人海。──『藍宇』其の拾九
●待宵。──『藍宇』其の燦拾壱
●ひらく夢などあるじゃなし。──『藍宇』其の燦拾互
●聖馬利亜。──『藍宇』其の燦拾穹


| 21:03 | 藍迷。 | comments(2) | - |
歓迎光臨〜偶然相逢、理所当然。
まったくべつべつの経路から手に入れた品なのに、呼応するかの如くに同じ日に私の手許に届くという不思議が起きたのが昨日のことでした。
しかしそれはこと『藍宇』、あるいは胡軍と劉というふたりについて言えばもはや、「不思議」では無いのかも知れないです。
もはや「不思議」では片づけられぬような事件が、この春あたりから彼らのあいだに、立て続けに起きているもんですから。
矯めに矯めてきたぶんの反動も加味されたなにがしかの力が、どうもなんだかばかでかくなりつつあるのじゃあなかろうかという気も、けっこうまじめにしています。

とあるところで手に入れることができました。
いまから11年前。
2004年7月、『藍宇』が新宿武蔵野館で公開されたときのちらしです。



lanyu-flyer10852.jpg
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画像そのものは知っていて、5年前のこの記事で使わせていただいたりしていますが、現物を前にしますと言葉なんか容易く失われます。
映画のちらしです。ただ一枚の、さして上質でも無い紙にすぎません。
ただ一枚の紙にすぎぬものがこんなにも美しいなんて。
こんなにも力があるだなんて、ねえ。

11年前にこのちらしを目に留めて、そしておもわず手にとったあなた。
あなたは、『藍宇』を観るために、劇場に足を運んだのでしょうか。
いまはどこでどうしているのでしょう。
どこのどなたかもわからぬ、きっと一生逢うことも無いまま死んでゆくあなたと私が、ただ一枚の紙にすぎぬこの儚さでつながる、ような気がする。
それこそが不思議。


もうひとつは6月あたまのこちらの記事で書きました、
『畫魂 導演關錦鵬 影記』
浦川とめさんが管理人をされていたファンページの「胡軍ニュース」2004年1月13日にあった、

「北京で開幕した図書見本市で、「画魂」の写真集が三角形という風変わりな版型で異彩を放つ。5千冊を印刷し、定価は1冊百元以上。
http://www.bjt.net.cn/news.asp?newsid=48851
(注:リンク切れ)


というやつ。
どうやらお取り寄せでまだ手に入るらしい、ということを教えていただきまして。
駄目元で発注してみてほとんど忘れてましたな体でいたところ、ひと月ちょっと経った昨日、届けていただいたという次第です。
6月の記事に転載させていただいたお写真を撮った方はどうも劉さんのファンみたいで、胡軍さんについては完全にスルーしてやがったけど、現物をみてみたら胡軍さん@藩贊化をとらえたショットのほうが寧ろ多いです以下列挙。


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送料込みで7389円という、クオリティから考えればかなりそれなりのお値段でしたし(定価は118元)、三角形という判型でたいへん扱いづらい書籍ではありますが、手に入れたいという方は東方書店さんの「本を探す」の検索ボックスに

画魂導演關錦鵬影記

と入れて検索なさってみてください。
2004年1月初版、限定5000部の書籍が、11年経った日本で入手できるという。
これもまた大いなる不思議。
| 22:45 | 藍迷。 | comments(8) | - |
六合。
2009年8月27日午前9時47分に最初の記事を投稿してから、きょうで六年が経過しました。

臭跡を辿った挙げ句にゆきつく果てが何処かは、ゆきついてみないとわかりません。

なんて書いていますが、たとえば一昨日深更に起きたひとつの出来事がそのとき想像していた「ゆきつく果て」なのかといえば、勿論そうでは無い筈です。
記事のなかで「五障の雲」という表現を使っています。
「五障」とは、こういうものです。


ご・しょう【五障】
1 女性がもっている五種の障害。梵天、帝釈、魔王、転輪聖王、仏の五つになれないとするもの。五礙(ごげ)。五重。
2 修道上の障害となる五種のもの。煩悩障、業障、生障、法障、所知障の五つ。



「五障の雲」とは、「五障を月の光を覆う雲にたとえていう語」です。
たとえば私のだいすきな長唄「京鹿子娘道成寺」の歌詞に、

我も五障の雲晴れて 真如の月を眺めあかさん。

みたいなかたちで出てきます。カッコイイ。
「真如の月」とは、「明月の光が闇を照らすように、真理が人の迷妄を破ること。煩悩が解け去って、あらわれてくる心の本体を月にたとえた語」です。
五障の雲の果てには屹度、真如の月がある筈なのです。
でもこの六年をかえりみても、そして七年目のこの先も、五障の雲が晴れ渡ることは無いのだろう──というか五障の雲のなかから出ることを善しとせず、孑然ととじこもり鬱鬱と彷徨うことになるのじゃないだろうかと、いう気がします。

正直に申しますとこのブログだってさすがに六年はつづくまいと、始めたころにはそうおもってもいました。
2001年2月に『藍宇』が殺青した当時は32歳と22歳だった胡軍さんと劉さんは、私が此処を始めた時点で41歳と31歳になっていました。六年経ったいまじゃあ47歳と37歳です。

47歳と37歳に、「その先」なんか無えだろ。
と、おもってもいました。

ところがどうやらふたりには、まだ「その先」があるみたいなんです。

おどろいたわ。
人生って奥が深いのね。
もうこれ以上はないと思っても まだ先があるんだわ。

そういうことは、六年つづけてみなけりゃわからなかったことでした。
そういうことが僅か乍らわかったこと。
それが唯一、「つづけた」ことへの冥加でありましょうか。


まる六年のきょうなのに“五”障のことばっか書いていて。だったらまる五年だった去年に書きゃあよかったじゃ無えかとおもわないでもありませんが。とりあえず縁起担ぎと数字合わせを兼ねてタイトルには「六」を入れてみました。「六合」とは宇宙のことです。


りく・ごう【六合】
天地と四方。
上下四方。
また、天下。世界。全宇宙。六極(りっきょく)。

liuhe【六合】
上(天)・下(地)・東・西・南・北の六つの空間。
(広く)天下;宇宙



47歳と37歳にあるその先。
深深と藍ばかり湛えた宇宙の中の、取り留めもつかぬような遙かな果て。
32歳と22歳が嘗て身を置いていた現実と、47歳と37歳がいま身を置いている現実が、五障の雲晴れた先の何処かでふたたびつながることも、あったりするのでしょうか。
あったらいいとおもいますし、六年前に私がかんがえていたのとはまったくちがうかたちで、それが2015年の新しい現実になっているんじゃないか、ともおもいます。



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2001─2015



※引用は『精選版日本国語大辞典』『大辞泉』『中日辞典』(すべて小学館)、パーム20『愛でなく VI』(獸木野生/新書館)による。

| 23:04 | 藍迷。 | comments(4) | - |
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